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つじお

Author:つじお
旅に惹かれ始めた。
どんな旅になるのか、どんな結果が待っているのか。
まるで想像がつかない。

今までの人生の中で、まるで想像がつかないことを
僕はしたことが無い。
初めて『夢』という言葉と向き合うことになった。
僕は初めて、人生を生きることにしたのかもしれない。

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『あなたは死ぬその瞬間、後悔の無い人生だったと言えますか?』という言葉に申したい。

こんにちは。
久しぶりに更新します。
今日は、あの旅を終え、オーストラリアで生活してみて、
今自分が想うことを少し綴りたいなと想います。


今回のタイトルの様な言葉は、よく見かけるフレーズじゃないかと想います。
実際、自分もこの問いを中心にして色々な自身への問いかけを軸に、
確かに見えていた自分の人生のレールを、
自分の脚で脱線することを選択をした時期があり、
そして今があります。


あの頃は、毎日がまるで同じ様な日々の連続の中で生きていくことに、
確かに疑問を感じていたのを覚えています。
それは今の世の中、あるいは人生の選択肢の可能性を知った人間に訪れる、
当然の感覚なのかもしれません。


1度しかない人生の中で、
何の疑問も無く言われる通りに生きてきて、
数える程の会社のことだけしか知ること無く、
地球という球体は実際に見たことも無い白紙の地図が広がり、
世界中で暮らすひと達の気持ちもまるで知らぬまま、
自分の人生の幕が閉じていく...


それ自体は何も悪いことでは無いと僕は想います。
ただ、現実として今の日本に住むひと達は、
他国の発展途上国と呼ばれる国に住むひとに比べて、
世界を旅するだけの経済的な余裕もあれば、
地球上に存在する国のほとんどの国に渡航出来るパスポートを持ち、
溢れる程の情報のおかげで比較的安全性の高い旅が出来ます。


仕事も同様で、
海外で働こうと思えば日本企業現地採用、インターン、海外ボランティア、
起業をしようと考えるのであれば、そこら中にサンプルも転がっていて。
田舎で生活をするという選択肢もかつて無い程に充実しています。


やろうと想えばやれる時代なんですよね。
逆に言えば、やろうと想えば何でも出来ちゃいそうな時代なんです。
それは良い意味でもあり、そして悪い意味でも僕らを苦しめます。


選択肢が過去に類を見ない程に限り無く広がっているから、
その選択肢を選ばない自分の人生に迷いが生じる。
本当にこの人生で良いのかなんて疑問の正解は永遠に生まれることもない。


確かに正解は無いと僕は想います。
ただ、答えはあると想うんです。


答えは、その迷いを少しずつ少しずつ自らの力で拭い去ることではないでしょうか。
僕はあの旅を通して、そしてオーストラリアに少し住んでみて、
そんな風に想うようになりました。


それはもちろん自分自身で自らに問いかけ続けたことで見えてきたものでもあるけれど。
少しだけ、世界に住む、世界で生きるひと達の生き様や生活を見て感じたものでもあります。


多分僕は今、
会社で社畜のように働き詰めになったとしても、
愛する家族に囲まれながら平凡な日々を過ごしていても、
海外を股にかけるように旅をしながら生活していても、
あるいは一文無しで日々生き残るかどうかの過酷な日常の中にいても、


「僕の人生はこれでいいのだろうか」と悩むことは無いと想います。
なんでって言われるとうまく説明出来ないのですが、
どんな生活の中でも楽しみや喜びはあるし、苦労や悲しみもある。
それを味わうことが出来て、共有出来る仲間や友達、家族がいるのであれば、
多分何してても今はもう幸せなんだろうなって想うんですよね。


それは、
「旅をしようと想えば旅に出ることが出来る」
「海外に暮らそうと想えば暮らすことが出来る」
その選択肢を実際に自分で潰してみた(体験してみた)ってことから確かに生まれたものだと想います。
言い換えれば、迷いを少しだけ、自分の力で拭ってみたんですよね。
実際やってみて、憧れ続けるものでも人生かけて追いかけたいものでもないかなって想えたから。
だから旅しながら一生生きていける方法があるよって言われても、
僕は間違いなく冷静に「へぇ、そうですか。でも僕は結構です。」と言えます。
世界には未だ見ぬ絶景が広がっていると言われても「僕にとっての絶景とはですね…。」と言えます。


そこが難しいところなんですけどね。
迷いを拭うには、もしかしたら実際に自分で動いてみるしかないのかもしれません。
でも他にも人それぞれのやり方で自らの迷いを少しずつ拭っていけるのだとしたら、
『あなたは死ぬその瞬間、後悔の無い人生だったと言えますか?』のような、
小賢しいフレーズに囚われること無く、僕のあなたのその大事な人生を生きていけばいいんだと僕は想います。


レールから外れてみて想うことは、
確かに乗っていたレールを進んでいたって、
僕の人生は間違いなく面白かったはずだって。
僕はそう想うんです。


ひとは迷い、戸惑いながら、
それでも一生懸命に生きているんだと想います。
お金が大事なのか否か僕には分かりませんが、
世界で出逢った貧しいと言われる国の皆はすごく輝いて見えました。
誰もが完璧ではないから、補い、助け合い、笑い合いながら生きています。
そして醜くもあるから、騙し合い、殺し合い、悲しみながらも生きています。
明るいばかりじゃ無いけれど、暗くて辛いばかりでもない。
どちらもあるからひとはひとなんでしょう。


そんな人生を、僕はこれからも笑い悲しみ喜び怒り、楽しんでいきたいと想います。



2015.04.05

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Re:

ご無沙汰しています。
返信が遅くなってしまい、ごめんなさい。

素敵な選択をされて今を生きてらっしゃるんですね。
そのときのWさんは、10代の若き学び人達には、きっと素敵でかっこいい大人の姿に見えたでしょうね。
そして二足の草鞋を履きながらの生活。すごいなぁ。

レールを外れること。
日本の社会で育ってきた僕にとって、その怖さはとても大きかった気がします。
でも外れたことが無かったから、外れることばかり考えていたのも事実です。
外れてしまえばあっけなくて簡単で。
でもWさんの言う通り、その元いた世界に戻ることはきっと難しいのでしょう。

だからこんなこと言う人間が少しはいても良いのかなって。
レールを踏み外さない選択っていうのも、すごく大事なんじゃないかなって。
どっちだって良いんじゃないって。
そこに自信をもてるような一言が届けば迷わないですむのかなって。

後悔しない生き方。
その生き方に大事なものは、
当たり前かもしれないですけど、
どれだけ自分の生き方に自信が持てるかなんじゃないかって。

自信なんて。
自分で勝手に生み出して、自分で満たしていくしか無い感情だし。
Wさんがきっと今の生き方を選択したことに後悔がないように、どんな選択をしても自信が持てたならそんな生き方って素敵だなって想うんですよね。

未だあったことは無いですが、いつも励ましてもらって、想いを重ねてもらってありがとう御座います。
心から、そんな素敵なWさんの生き方を、こっそりと応援してますね。
Hope you to enjoy your whole life.
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