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つじお

Author:つじお
旅に惹かれ始めた。
どんな旅になるのか、どんな結果が待っているのか。
まるで想像がつかない。

今までの人生の中で、まるで想像がつかないことを
僕はしたことが無い。
初めて『夢』という言葉と向き合うことになった。
僕は初めて、人生を生きることにしたのかもしれない。

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部屋のドアで放尿する欧米人との闘い。ビエンチャンにて。

実に1ヶ月半もの時間を共にした相方トシ君と離れて2日。

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唯一の二人で撮った写真。
なんとも言えない寂しさが漂う。
あの誰に喋っているのか分からない独り言も、もう聞こえてこない。


離れてみて、初めて分かることというのは、意外に多いと想う。
誤解の無いように添えておくと、彼に恋など断じてしてはいない。
僕は、おんなのこが大好きですから。


親もとを離れ、故郷を離れ、会社を離れ、日本を離れ、相方を離れる。
その護られた空間を離れることで、気付き、
またひとつ成長していく、そんな気がする。


朝飯を食べに、日本食屋に顔を出した。
ここは、ラオスの有機大豆から作られた納豆定食が食べられる。


そんな訳で、今日も朝から飯が美味いと感動していると、
べろんべろんに酔っ払ったオーストラリア人に声を掛けられる。


彼は僕のテーブルに座り、一緒に飲もうよと誘う。
朝から飲む気もしなかったので、
お酒は丁重に断りながらも、しばらく彼と話していた。
旅人かと想ったら、彼はもう4年程ラオスで働いているという。


そして、お金が貯まると、
こうしてビエンチャンにやってきてバカンスを楽しむのだと。
大概、そこらにいる旅人と飲んで過ごしていると言う。

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彼は、随分陽気に話していたけれども、
不意に福島の話になると、とても真面目な顔になった。


日本人の君にこんなことを言うのは、申し訳ないのだけれど。
そう添えながら、彼はこう言った。


福島の問題は、日本の問題じゃないんだ。
もう、世界にとっての問題なんだよ。


言葉が返せなかった。
そんな僕を見てか、とても難しい問題だねと言葉を掛ける彼。
そして、ごめんね、君にこんなことを言ってしまってと笑いながら。
彼はまた、陽気にふざけた話を始めた。


旅の中で、東日本大震災の話をされることは本当によくある。
そのほとんどが、僕らを気遣う言葉として発せられる。
そして同時に、福島の問題は、とても大きな問題だねと語気を強めるひとが多い。


日本に起きたことを、同じ世界のひとつ、仲間にとして考えている彼ら。
僕らは本当に、海外の情報に関心を持って接しているだろうか。
そして、なによりも他国から案じられているような母国の問題に対して、
どれだけ真剣に取り組めているのだろう。


店を一緒に出ると、
彼が昼頃まで君と一緒にカクテルでも飲めたらなって想ってるんだと言う。
こ、この男、底が知れん。流川以外にも、そう想える男がここにいた。


ここでお酒を呑んで、一日を潰してしまいたくなかった僕は、
その優しい誘いを申し訳ない気持ちで断り、街を歩いた。

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宿に戻り、自分の世界に入りながらも、眠りについた。
このドミトリーは、冷房がガンガンにかけられて、かなり寒い。
僕はダウンを着て、毛布にくるまり、暖をとっていた。


ふとひとの気配がして目が覚める。
横を見ると、ドアの前に立つ大男が見える。
ふらふらと前後に揺れる彼。なにかが床にこぼれていく音。


その男は、僕のベッドの隣にあるドアに向かい、
あろうことか放尿をしていたのである。
もちろん、僕がトイレに誤ってベッドを持ってきた訳ではない。


おい、何やってんだ。
少しそのイカれた大男に警戒しながらも、注意をする。
こちらをじろりと振り向き見るが、すぐにもう一度正面を向き直し、
放尿の続きに意識を戻していたようだった。


おいおい、どうなってるんだとこの状況を憂いていると、
用を足し終えたその大男は、あろうことか僕のベッドに潜り込もうとしてきた。
背筋が凍る。必死に入ってくる男を、押し返した。


押し返すたびにこちらをみて、
なにすんだ、このクソ野郎という言葉を途切れ途切れに放つヤツ。
こちらも負ける訳にはいかないので、
何やってんだ、これはおれのベッドだぞと言いながら、拒絶し続ける。


どうやら自分のベッドはここだと想っているのか。
いや、もうそんな勘違いレベルの話じゃないだろう。
少し目がおかしい。どこかぶっ飛んでいる目をしていた。


騒ぎが続いていると、周りで寝ていたひと達が起き出した。
そして、その異常なやり取りをみて、彼らが僕を助けてくれる。
そこで寝ていた全員で、そのイカれた男を説得し、
あそこに空きのベッドがある、そこに行けと促した。


そんな説得にも見向きもせず、
引き続き、ヤツは僕のベッドに潜り込もうとしていた。


不意に同情のような眼差しで、
「お前の気持ちも分かる、でもあっちがお前のベッドらしいぜ。」
という演技をしている自分がいた。
長年、酔っぱらいどもを相手に修羅場をくぐってきた経験が生きる。


大男が動き出す。
指定したベッドに倒れ込むと、そのまま動かなくなった。


Oh! My God!!
助けてくれた彼らも、どうやらドア付近が水浸しになっていることに気付く。
そして、それが水ではなく、お小水と呼ばれる存在であることにも。


しばらく絶句していた彼らだったが、
直ぐに宿にあった掃除用具でその処理をし始める。
こんなことは朝飯前なのだろうか。実に手際が良かった。
対して、僕はと言えば、動揺のあまり、まだベッドから出られない。


まだまだ、自分はこの程度なんだなと想った。
旅慣れたかのように想っていた自分の甘さを痛感した。
そして、助けてくれた皆に、深く感謝をしていた。
ついでにこの問題児の大男を呪っておいた。


もうこんなクレイジーな男のいる宿には居られない。
そう想い、翌日すぐに宿を変える決意をした。
そしてついでに、この街を出ようという気持ちも、
しっかりと固まったのだった。


そのときふと頭を過っていたのが、チェンマイのお祭り。
ロイクラトンだった。

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2013.11.14



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Topic:世界一周
Genre:Tour

別れはいつも突然に。ビエンチャンで独りに。

朝一番で、名物の4人の元気なおばちゃんが並ぶサンドイッチ屋台で、
朝ご飯を購入し、ビエンチャン行きのバンに乗り込んだ。

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バンの中は、助手席も補助席も全て使い尽くされる程、
ごった返していた。
それでも、たった数時間で辿り着く移動には、
もう随分と慣れた感がある。


ビエンチャンは、日本食の宝庫だった。
バンビエンでの雪辱を果たすときが来たと、
到着後すぐに宿に荷物を置き、ラーメン屋に向かった。

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残念無念また来年とは、このことである。
海外で食べる日本食の、このギャンブル的要素もなかなか面白い。
美味しいか、残念か。この2択の勝負。


ただ、ギャンブルの丁半と違い、確率は五分五分ではない。
残念の方が確率的にはやや上回るだろう。
だからこそ、期待し、挫折をバネに、何度も挑戦してしまう。


その後、
観光意欲の塊のような存在のみさPと、
フィリピン英語留学への道を決めた観光意欲ゼロのトシ君、
燃え尽きそうなわずかな観光意欲を振り絞った僕で、
ビエンチャンをぶらぶらと歩き回ることにした。

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この街は、やっぱりラオスの首都なんだなぁという感じだ。
あの、のどかなラオス特有の雰囲気は一変して、
随分とせわしない景色がそこには広がっていた。


あれ、どうも感情が動かなくなっているなと気付く。
冷静、言い方を変えれば、かなり冷めている自分がいる。
どこも結局、そんなに違いはないんだなぁなんて、
悲観的な気持ちばかり沸いてくる。


言葉は悪いが、僕は東南アジアに飽きてしまったのだろう。
もうこの地域に、僕の求める刺激は残っていない。
そんな気がしてしまっていた。


そんな気持ちをごまかそうと、
夕飯は日本食のリベンジだと意気込み、近くの居酒屋へ向かった。
居酒屋なんて、海外でそうそうお目にかかれない。
嬉しいことに、このお店は、「美味しい」の出目だった。


大満足で宿に帰った翌日、
不意にこれが3人で旅をする最後の日となった。


僕らは、自転車を借りて、ビエンチャンの有名処を走り回った。
暑い日差しが照らす中を自転車で駆ける。
自分の運転する乗り物に乗ることも、随分と久しぶりだな。

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自転車には自転車でしか見えない景色がある。
徒歩でしか、バイクでしか、車でしか、見えない景色があるなって想う。
そんなことを想いながら、ペダルを漕ぐのもまた面白かった。

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黄金の寺院、タートルアンをしばらく眺め、
暑さに堪え兼ねて、僧侶たちの涼む建物で身体を冷ました。
そこは、仏陀の出生から入滅まで綴った絵画で埋められていた。

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仏教の言い伝えは、その歴史と共に随分と脚色が加えられてきたとされている。
それはなんとも人間らしいなと僕は想う。


この世界に、同じ話を一言一句、
正確に伝えられる人なんてどれだけいるだろうか。
そして、それが出来たとして、そこにどんな意味があるだろう。
そんなことにこだわっていたら、
仏教と言うものはこれほど広がっていなかったかもしれない。
この、宗教というものが広まっていく上で、大切なことはなんだったんだろうか。

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しばらく身体を休めた僕たちは、
その寺の出店に並んでいたシャボン玉を購入し、遊んだ。


シャボン玉。
なんだろうね、シャボン玉なんて実はどうでも良くて。
それを使って3人でほとんど意味も無く遊んでいることが、
どうしようもなく楽しかったのです。

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そんな空気を子供たちは敏感に感じ取るのかな。
わぁっと言う目で、無邪気にシャボン玉を追いかける。
あぁ、なんだろう、これ。
馬鹿みたいに楽しいじゃないか。

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夕暮れ時になり、僕らは凱旋門に移動をした。
それぞれに、好きな場所で写真を撮り、好きな場所で物想いに耽る。
彼らは一体何を考えていたのだろう。


僕はと言えば、この旅を少し振り返っていた。
どうやら、一区切りがついたんだろうなって気がする。
この延長線上に、求めるものはきっと無い。
ステージを変えるときが来たんじゃないかって。

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別に特別行きたい場所がある訳でもなく、
この街に留まらなければいけない理由も無い。
明日、彼らについていこうとすればついていける状況で、
僕はこの街に留まることを決めた。


ただの気まぐれのような気もすれば、
もうずっと前から決めていたことだった様な気もする。


そろそろ、孤独を感じなければいけないんじゃないかなって。
僕は最近、勝手にそう想い続けていた。


こうして、翌日、僕は二人に別れを告げ、
ビエンチャンに残ることにした。

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2013.11.11



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相棒の食中毒と共に過ぎてゆくバンビエンでの3日間。

朝起きて、近くのカフェで朝食を取る。
これが僕の日課になっていた。
ベトナムで習慣化されたこの行動は、
ダラダラと宿でのんびりしがちな僕にとって非常に都合が良かった。


今日は珍しく3人で朝食を摂っていた。
そう、この3人(女子的みさP、乙女的トシ、日本男児の僕)は、
一緒に行動することが稀だった。


みさPは、さすが女性ということで、カフェなどのオシャレな場所で、
自分の時間を過ごすことが多かった。
トシ君は、小言が多かった。
僕は、どこかで一人、物想いに耽るのを好むことが多かった。


唯一、一緒に行動するのは、夕食ぐらいなもので、
理由は明白だった。酒は、大勢で飲んだ方が楽しいというだけだ。


朝食を終えた僕は、昼食処を探すべく、すぐに二人から離れた。
どうやら、このバンビエンに日本食屋さんがあるという。
丁度、街を把握しておきたかったところだし、探しながらブラブラしよう。

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ここバンビエンは、あのルアンパバーン以上にゆったりとした街だった。
そして、どこか寂れた雰囲気すら醸し出している。
テナント募集の看板が、この街には氾濫していたことからも、それが分かる。


それも街を歩き、ひとびとの暮らしを覗いていると、理由が垣間見られる。
とにかくやる気がない人間が多い。どこか笑顔も少ない印象を受ける。
でもこれはきっと、僕を写した鏡なんだろう。
今の自分の心境と見えてくる街の印象が、驚く程、類似しているからだった。


街はどこか秋の風情があり、
我が故郷である、小さな島のことを想い出していた。
日本も今頃、紅葉に皆心を躍らせているのだろうなって。

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僕は紅葉のシーズンが極めて好きだった。
あの木々がなんの相談も無しに魅せるひとつの風景。
少し肌寒い、こんがらがった頭を冷やしてくれる空気。
あっという間に過ぎ去っていく貴重な時間。
何度、日光に一人で紅葉を見に行っただろう。


結局、日本食屋さんは、潰れていたようで、見つけられなかった。
そのため、僕の落胆ぶりは尋常では無かったが、
夕飯は、ラオス式の焼き肉を食べようと言うことになり、
少し落ち着きを取り戻す。

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随分と深い話をしていたなぁと想う。
ひとから自分がどう視られているのかを知り。
それぞれの人生背景にあるものを語り。
その上で、この旅が自分にとってどんなものであるのかを、
それぞれに紹介し合い、共有し合った。


おいおい、クソ真面目だなぁと想うかもしれない。
実際、お酒を呑みながら、真面目な話をすることを嫌うひとは、
かなり多いと僕は想う。


僕自身も以前はそうであったし、
せっかくの楽しいお酒の場が台無しじゃないかって。
まぁ、説教とか議論が始まるとそうなっちゃうんだけど。


余談だけれども、僕は議論だけ延々とし続けるのも好きだった。
前の会社で一緒に働いていたひと達は、そんな熱いひと達が多かったから。
気持ちと気持ちをぶつけ合える瞬間というのは、いいものだと想う。


話は戻って、
その人の心の奥底にあるものが、
一瞬でも覗くことが出来るのも、そんな場である気がする。
お酒の力を借りて、閉じていたものを少しだけ開いてみる。
そこから生まれる絆って言うのも、やっぱりある。


僕は、この夜を共に過ごしたことで、
ますますこの二人が好きになった。


そして、翌日。
彼らは食中毒で倒れた。
そんな辛そうな二人を横目に、すっと朝食を摂りにカフェへ向かう。


こらこら、何が絆だと想ったかもしれない。
ただ、僕に出来ることはこの時点で何も無かった。
二人は飲み物を飲むことも拒み、じっとベッドに横になっていた。
そして、あまりにも生き生きとしていた僕は、
その場にいる申し訳なさからも、すぅっと宿を飛び出した。


いつものカフェで朝食を摂り終えると、
今日も少し街を散歩することにした。
行ってみたいなと想っていた店がことごとく潰れていて、
やはりどこか衰退気味の温泉街のような雰囲気がある。

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仕方が無いので、
適当に時間が潰せそうなカフェを探して入った。


僕の大好きなFriendsを眺めながら、
ゆっくりとバナナシェイクを飲み、ライスヌードルを食した。
ちなみにこの街、至るところでFriendsが流れまくりである。
ただ、どこのカフェも、僕が座るとすぐに映像が故障し止まる。

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宿に戻ると、二人が居ない。
あら、元気になったのかなと想ったが、
どうやら気力を振り絞って、二人で病院に行ったようだ。
帰ってきた二人はヘロヘロだった。


氷を買いにいったり、水やトイレットペーパーを買いにいったり、
iPhoneの充電器にプラグを差し込んであげたり、
突っ込みどころも入り交じる要求が飛んできたが、
弱っているんだなと想い、言われるがまま、対応していた。


翌日、彼らの体調は随分と回復していた。
少し元気になると、彼らはこぞって、
「なんで、つじおさんだけ元気なんですか?」という言葉を放った。
その後に、お前も一緒に倒れろよ。と続くニュアンスが垣間見えたが、
怖かったので黙っておいた。


こうして、翌日には、バンビエンを出ようと言うことになった。
実際、この街にやり残したことはもう無い気がする。
散歩ぐらいしかやることがない僕は、朝食後、今日も街をぶらついた。

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街はいつものようにやる気無く、
今日も変化の無い一日が始まっている様だった。
そんな姿をみることが、今の僕には少し苦痛だった。

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自分で隠していた惰性的な側面を、街を通して見せられているようだ。
明日、この街を出られることに少し安堵しながら、
この街を離れることに少し寂しさが募った。


僕の感情は、自分でもときどき良く分からない。

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2013.11.10



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Topic:世界一周
Genre:Tour

このまま灰になれそうなバンビエン。

少しお酒の残る朝、僕らは沈没地点として有名なバンビエンに向かった。
僕らを乗せたその小さなバンは、ぐにゃんぐにゃんに曲がる山道を駆けていく。


乗り物酔いしやすいという乙女なみさP、と同じく乙女なトシ君は、
酔い止めもしっかりと体内に溶け込ませ、万全の体勢を取っていた。
お酒は馬か鹿かという程に強いこの二人にも、弱点があったとほくそ笑んでいた。


…あれ、ちょっと、気持ち悪いんですけど。
いくらなんでも、この道は曲がり過ぎじゃなかろうか。
まるで、プラレールのカーブだけを集めて作られたような道である。
藤原豆腐店の息子拓海君の運転するハチロクに乗せられた池谷先輩の感覚だ。


そんな静かな戦いの最中に、
隣に座っていたツアー会社の社員さんであろうラオス人に声を掛けられた。
日本人かい?ラオスはどうだい?って。


少し聞き取り辛かったけれど、それでも僕より流暢な英語だった。
彼の娘さんが以前日本に住んでいて、その頃は良く日本にも行ったんだよと。
娘も帰ってきて、今はめっきりだけどねって笑っていた。
日本は好きですかって聞いてみたら、もちろんだよって返ってくる。

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僕は、この旅に出て、改めて日本という国の凄さを知った。
そして、これほど良い印象を与え続けてきた先代たちの偉大さを知った。


出逢うひとが、声を揃えて日本は良い、日本人は優しいと言う。
そして、そんな彼らが、僕に日本から受け取った優しさのお返しをしてくれる。


この悠々自適な旅をしているからこそ、そういう繋がれてきたものを、
もっと意識しないといけないなと想う。


無事、粗相することなく、バンビエンに着いた僕たちは、
早速宿を探し始めた。


まだ、重たいバックパックを背負って歩くのは、
随分と腹部に響いていた。ひいひい言いながら歩いていた。


そして、宿探しの最中。
部屋を下見して戻り、次の宿に行こうと荷物を背負ったときだった。
ピキッという乾いた音がした。そう、激痛と共に。
あぁ、やってしまったようだ。


こうして、すっかりおじいちゃんの気を出し始めた僕は、
宿探しを二人に託して椅子に座り、ひとり水をすすっていた。
そして、二人はなかなか素晴らしい宿を見つけてきてくれた。

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つじおさんさえ良ければなんですけどね、どうでしょうか…
そう言うさりげない優しさ、想いやりのあるところが、
この憎きイケメン、トシ君の素敵なところだと想う。
モテるはずである。顔で8割方決まってますけどね。

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宿のテラスから覗ける世界は、
そこが日本じゃないことをはっきりと告げ、
自然の中で過ごすひとびとのちっぽけさを映し出していた。
ここが街であるということが、ラオスの情緒豊かな部分なのだろう。

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骨も改めてやってしまったようだし、
この廃人大量生産機のような街に、少しだけ沈むことにしようか。
どうしようか。


この3人で過ごす時間は、本当に居心地が良かった。
出来ればもっと一緒に居たいなと想う気持ちと、
そろそろ僕の旅に戻らなきゃなという心の底にある気持ちが、
決して混じり合うことが無いことを知りながら、
しばらく流れに身を任せようと想った。



2013.11.07



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ラオス式送別会。音楽、御飯、仲間。それで全て。

少しずつ、朝起きる時間が遅くなっていく。
夜眠れない分、体内時間が徐々にズレてきたみたいだ。
ファイナルファンタジー3に関して言えば、昨夜ついにエンディングを迎えた。
我ながら、この集中力に脱帽し、そして大いに反省する。
バイク生活で培った、早起きの習慣が失われていくのが、少し寂しい。

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朝10時頃に起き、少しゆっくりと支度をした後に、
ひとり宿を出た。朝昼兼用のブランチを取るため、街を歩く。


余談になるけれど、ブランチという語源は、
breakfast(朝食)とlunch(昼食)の文字から来ているそうだ。
意味も、遅い朝ご飯でつじつまも合っている。
こういう言葉を知って、少しずつ英語が好きになっていくんだよね。

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街の背景に映る空は、
今まで巡ってきた国ではなかなか見れなかった、
美しく透き通った青い色をしていた。
他の巡ってきた東南アジア諸国と違い、
ここラオスは、もう乾期に入っている。

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のどかで、気候も過ごしやすく、ひとも良い。
のんびりするにはとても恵まれた環境にいて、
どこか物足りなさを感じている自分が焦れったい。
何かを受け入れることを、
必死に拒絶しようとしてる自分がいるみたいだった。


遅めに取った朝食も美味しかった。
珍しく食事の写真を撮り忘れる程、物想いに耽っていたようだ。
特に考えごとをしていた訳でもないけれど。
ただ、ぼーっと。抜け殻という言葉そのものだったのだろう。

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しばらく、街をふらついた。
昨日ふと気付いたのだけれど、
どうやら僕はひとりでは宿にも辿り着けないらしい。
情けないことに、僕はこの街の姿がまるで頭に入っていなかった。


随分、周りを頼り過ぎているなぁ。
そんな気持ちからも、街の地図を頭の中に埋め込んでおきたかった。

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奥まった道を歩いていくと、
自然体そのもののラオスのひと達がそこにいた。
おいおい、どうする今日も暇じゃねーか。
そんなことを永遠と考えているんじゃないかって程、のんびりしている。


そう言えば、ベトナムで一緒に食事をした仲間が言っていた。
ラオスはまだ国際的な経済競争にほとんどさらされていない。
それが、あの国らしさを維持している理由かもしれないって。

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僕には、本当に彼らの生き方は、理想的に見えて仕方が無い。
それでいて、そんな生活に、身体の芯がしっかりと抵抗するのを感じる程の、
日本という国で育ってきた感覚が残っていた。


ちょっと独りで、夕陽が見たいなぁ。


30歳のおじさんが想う類いの気持ちじゃないのは、自分でも良く分かってる。
それでも、遅れてきた青春時代を味わおうと、メコン川の河流そばへ歩いた。


メコン川やチャオプラヤー川といった、
世界史で名前だけを暗記していたその水の流れが、
今自らの目の前に雄大に現れている不思議さといったらなかった。

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僕のモノより随分と良いカメラを携えたラオスのひとびとに混ざり、
少しひとから離れた場所で、夕陽を無心にカメラに収めていた。


隣で、三脚を利用して本格的に撮影していた欧米人のおじさんと、
ガイドとして雇われているラオス人に話しかけられる。


仕事を辞めて、世界を周る旅をしているんだと言うと。
そいつはすごいじゃないかと反応してくれた。
まして、独りで出てきたなんて最高だなと。
良い旅を。また逢おう。


ほんの少しの会話だったのに、
何故か心に残る言葉だった。

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こうして、夕陽の照らす景色のような温かさを胸に残し、
僕は宿に戻った。


今日は、ミーとその友人のラオス人サンちゃん、えっちゃんが、
明日ルアンパバーンを去る我々の為に、
送別会を開いてくれることになっていた。
それも、ミーの実家で親族夫婦が手料理を振る舞ってくれるらしい。

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ラオス式の鍋を囲い、
男たちは、少し強めの焼酎を飲み回し、
女子的ポジションのひと達は、それが水であるかのように、ビールを傾ける。


宴の空気を繋いでいたのは、音楽だった。
ミーやサンちゃんが奏でるギターの音色に沿って、
僕らはその懐かしい日本の唄を口ずさむ。

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気付けば誰もが、歌って、そして踊っていた。
出逢って間もない仲間たちだというのに、
いや、出逢って間もない仲間たちだからなのかもしれない。


必要なものだけがそこにあって、
いらないものは何一つその宴に加わることは無かった。

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どこでも味わえるその一瞬を。
どこでだって感じられるその幸せを。


ここラオスで感じていた。

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僕はなんだか多くを望みすぎていたのかもしれないなって。
そんなことを、外に出てひとりタバコを吹かしながら、
星の輝く夜空を観ながら想った夜だった。



2013.11.06



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原石のような心を持つラオス人ミーとの出逢い。

まだ、なかなか深く眠れない日々が続いていた。
寝付けない夜には、iPodに入れてあったファイナルファンタジー3なる、
現代社会の誘惑の恐ろしさをじっくり堪能するか、
英語のリスニングの勉強に、アメリカドラマのFriendsを鑑賞していた。


次の日の朝、ちょっと一人で朝食を取ろうと想い、近くのサンドイッチ屋に向かう。
コーヒーも購入して、宿のデッキで黄昏れていると、みさPからお誘いが入る。

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彼女は、既にラオス人の男の子と仲良くなっていたみたいで、
その彼が、ラオスの船の儀式のようなものに誘ってくれているとのこと。
良かったら一緒にどうですかとありがたい話を頂いた。


彼の名前は、ミーと言った。
日本語をここ1ヶ月程独学で勉強していて、
かなりの言葉を操れるようだった。
たった1ヶ月で驚くべき言語能力である。
そして彼は、とても澄んだ心を持っているような気がした。


どうも、ミーの親類に当たる家族が、
新しく舟を購入したので、その安全を祈願する為の儀式のようだった。
普通に旅をしていたら、なかなか拝見出来るものではないのだろう。

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神聖で厳かなる儀式に、赤の他人の日本人が混ざる。
それも明らかに興味本位丸出しのカメラ小僧の態を取っている。
彼らは、そんな僕らを温かく迎え入れてくれて、
共に儀式の過程に加わることすら受け入れてくれた。

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そして、振る舞われる昼食も、共に頂けることになる。
そこには、大量のビールまで添えられているではないか。
まさに、至れり尽くせりの持て成しを受けていた。

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しかし、注がれるビールが止まらない。
グラスは1つだけ用意されており、一人が飲み干すと、
そのグラスを再度満たして、次の人へと渡していく。
確か、フィリピンもこのスタイルだった。

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ミー曰く、男は飲めないと認められない文化があるという。
その飲めない男の代名詞を、彼は相当汚い日本語で表現した。
そこまで言われると、飲み続けるしか他無い訳で、
薦められるがままにグラスを干していたら、完全に世界が回っていた。


つじおさん弱いなぁ。


ベトナムで苦楽を共にしたはずの九州男児のトシ君にも、
世界の酒豪達と共に酒を酌み交わしてきたみさPにも、
酒豪の血を受け継いできたミーや彼の親類の男性陣にも、
最早完全に馬鹿にされていた。


あなた達が強過ぎるっていう考え方はないのかしら。


こうして、昼間っから酔っぱらってしまった僕は、
一度宿に戻って仮眠を取らせて欲しいと懇願した。


ところが、ミーは、
どうしても自分の奏でるギターを聞いて欲しいという。
あなた達の宿で、1曲だけ弾かせてくれないかと。


そんな訳で、彼のまだまだ発展途上のその演奏に僕らは耳を傾けていた。
正直、何故この状態で披露したかったのだろうと想ってしまった。
ただ、ギターも練習し始めてわずかな期間しか経っていないという。
もはや、あらゆる面で天才的な素質を持つ男なのだろう。


ふと周りを見てみると、
どうも、側で聞いているトシ&みさの様子がおかしい。
簡単に言えば、どうやら彼らの血が騒いでいるようだった。
この二人、知らなかったが、共にギターが弾けるのだ。

DSC_0220.jpg

音楽は、やはり世界を繋げるなと想う。
僕も旅の準備中は、何か楽器を持って行こうと考えたりもしたものだ。


ひと言添えておくと、僕は楽器とは無縁の人生を過ごしてきた。
だから、旅に出るからといって新しいものに手を出すことに、
最終的には疑問を感じて留まった。
今の自分で、そのままの自分で、旅すれば良いんじゃないかなって。
そんなことが理由だった。


眠気の大波がやってきていた。
僕は、夕方、プーシーの丘という夕陽の綺麗なスポットへ
一緒に行くことを約束して、ベッドに戻った。

DSC_0237.jpg

その丘からは、ルアンパバーンが一望出来た。
改めて、この国の自然の織りなす景色の壮大さに、
僕の口はしっかりと閉ざされた。
出るのは、溜め息だけだった。

DSC_0227.jpg

しばらく、その沈みゆくオレンジの球体を、
そして広がる幻想的な色のコントラストを、眺めていた。

DSC_0245.jpg

下に降りれば、一面にナイトマーケットが広がっていた。
どこかの国で観たそれよりも、売られている品々の趣が深い。
それでいて、このラオスの人びとの商売気と言えば、
まるで副業であるかの様に、大して呼び込むこともせず、淡々としていた。

DSC_0254.jpg

DSC_0265.jpg

僕らは、ミーの親類が展開していたフルーツシェイク屋で、
少し自然の恵みを頂きながら、またギターの音色を聞いていた。

DSC_0270.jpg

十分過ぎる世界が広がっていた。
それをラオスのひと達は分かっているのかもしれない。
のんびりとした生活、繋がりを大切にする暮らし、
それを温かく見守るかの様に、自然は広がっていた。



2013.11.05



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憧れ続けた沈没スタイル。ルアンパバーンにて。

30時間の長距離移動を無事に済ました僕らは、
タイで知り合った日本人女性みさPの待つ宿へと向かった。


ちなみに、ブログ村で3位とかとんでもない女の子。
でも話聞いてると、長年の努力の結晶だなって関心する。
みさPブログ:初海外を女ひとり旅してみたら、


ラオスには元々入る予定だったが、ルアンパバーンを目指したのは、
みさPが熱いラブコールをトシ君に送っていたからだった。


なんか相当寂しそうなんですよね。
めっちゃメール来ましたもん。


ブログ上では一切そんな姿を見せない彼女も、
ときにそんな日々を過ごすことがあるようだ。


しかし、翌日の朝、
再会してわずか数分で、この心配は杞憂に終わる。
我々は、彼女に随分と引きずり回されることになる。
このアクティブさは、是非見習いたいところだ。

DSC_0156.jpg

さすがに疲れ果てていた僕らは、
少しゆっくりさせて欲しいと懇願する。

DSC_0155.jpg

私も今日はのんびりするつもりでしたから。
そう答える彼女に、多少のニュアンスの違いを感じながらも。
こうして、彼女のお気に入りのカフェでまったりとした時間を過ごすことに。

DSC_0153.jpg

ラオスという国のイメージ。
自然が広がっていて、何も無いんだろうと想っていた。
でも、ここルアンパバーンはまるでリゾートのように整えられていた。
女の子が大好きそうな、オシャレな街である。
当然、女子的発言の目立つトシ君もシッポを振る犬のように、喜んでいる。

DSC_0172.jpg

ただ、僕はかなりの虚無感に襲われていた。
文字通り、骨も折れていて、
自然と触れ合うアクティビティが出来ないこともひとつの理由ではある。
ただ、それ以上に、この観光都市として完成された街を前に、
僕の好奇心はどこか遠い世界へ行ってしまったようなのだ。


なんとなく、燃え尽きた感覚が、僕の中に充満している気がした。
そろそろひとりにならなきゃいけないなと、この頃から感じるようになる。

DSC_0167_20131121213053960.jpg

とは言え、久々にトシ君を除く日本人旅人と触れ合う機会がやってきた。
これは、本当に嬉しいことだった。まして、多少気心の知れた彼女である。


女性としてカウントすることは、僕もトシ君もどうしても出来なかったが、
それでも今まで空白だった女子的ポジションが埋められたことで、
僕らの旅の空気感は、やはり少し良い方向へ変わっていった。


ゆっくりとした、ただそこに漂うような時間を、想う存分味わった。
この感じも、もう随分と久しぶりだなぁと想う。
この、待ち望んだ時間をこれからはいくらでも過ごせるんだと。
そう想えば想う程、自分の中の違和感が浮き彫りになっていた。

DSC_0171_2013112121310148c.jpg

夕食は、みさPが世界一周中の夫婦と一緒に食べる予定だと言うので、
僕らも同席させてもらうことにした。ともや君とゆうきさん。
イケメンと美人の羨ましいバランスの夫婦だった。
どうも、僕の周りにはイケメンが集まってくる傾向がある。
類友というヤツだろうか。であれば納得です。

DSC_0176.jpg

さて、そんな訳で、僕らはラオス風の焼き肉を食べ、
うまいと評判のビアラオを飲んで、少し語るような時間も時々訪れた。

DSC_0174.jpg

こういう時間好きだなぁ。
初対面だろうと、会って間もなくても、どんどん深くなっていく会話。
自身が向き合ってきたものや、何を乗り越えて旅に出たのか。
この世界で観てきた景色や感じたモノ。


自分一人では見落としていた景色が、
ひとを通じて観えてくる。


まるで何度も世界を周っているかのように。
僕のような短期間の旅では、どちらにせよ世界の一部分しか見えない。
それが僕にとっての世界であって、他のひとにとっての世界はまた違う。
そんなものを紡ぎ合わせていったら、僕はより世界に近づけるのかなって想う。


お店の閉店時間ギリギリまで、僕らはお互いのストーリーを語り合った。
ときにたわいもなく、ときに真面目に。ときに卑猥に。


国が変わった途端に、
随分と旅の景色も変わるもんだなぁと。
療養も兼ねて、しばらくこんな時間を味わうのもいいのかな。



2013.11.04



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30時間かけてルアンパバーンへ。

翌朝、朝一番で病院へ向かった。
ラオスは、医療関係が充実していないと聞いていて、
ベトナムで調べておこうと想ったからだった。


100%折れてますからねと言うトシ君から、
絶対に行った方が良いと繰り返し言われていたからだ。


病院までの交通手段であるタクシーを探す。
ハノイは、メーター改ざんタクシーが出回っているらしい。


新しそうな車を探し、手を挙げる。
レゲエ調の雰囲気の運転手の反応は、実に怪しかった。


はいはい、あぁ、そこね。
知ってる、知ってる、まぁ早く乗りなさいよ。
...もう、その雰囲気あれのパターンのヤツやん。


そう想いながらも、気の弱そうな兄ちゃんだったので乗ってみる。


途中、客をほっといて電話に夢中になる彼。
高笑いが、タクシー内を木霊する。
相反して、GoogleMAPのGPSを、冷静に調べ続ける自分。


越えて行く現在地。


こいつ、気付いてねーなと想った僕は、おい兄ちゃんっと声を掛ける。
通り過ぎてんぞと。


突然、挙動不審になる運転手。
適当に曲がったかと想うと、つ、着いたよ、ここだよ、と言い始めた。


馬鹿野郎。
全然違うじゃねーか。
彼にGPSと目的地の印をもう一度見せる。


えー、そこだったの。
えー、嘘、そこだったのぉ。


なんかそんなこと言ってる。
笑いそうになったけど、ここはしっかり怒ってる感出しておこう。
こいつ、調子乗りそうだし。


こうして、無事に病院に到着。
かなり高くなったけれど、端数を切り捨ててお金を払う。


これでいいよね?端数切り捨てたけど。
と聞くと。


うんうん。いいよ。
と、言ってる彼。
なんだ、ちょっと可愛いじゃないか。
途端に申し訳なくなってきた。が、そのまま降りる。


こうして、無事に病院へたどり着き、
名実共に絶賛骨折中の名を手にした僕は、
帰りはまともなタクシーに乗り、宿へ戻った。


どうも料金に、明らかな差がある。
行きのタクシーは、多少行き過ぎて遠回りしたとはいえ、
このメーターの差は全盛期の岩瀬並みじゃないか。


あの野郎、まさかメーター改ざんしてやがったな。


宿に戻った僕は、トシ君と少し街をぶらついた。
事故でサブバッグがビリビリに破れていて、
もはや、貴重品を入れる為の防犯機能を果たさなくなっていた。


ちゃんと鍵でロックしていても、
破れたところからあっさりと抜き取れるということに、
僕はこの宿に着いて初めて気付いた。平和ボケの典型例である。


これは買い替えかなぁと言う事で、新しいサブバッグを探すことに。
アジア各地で偽物が飛び交うノースフェイス。
偶然入ったこの店だけが、ベトナムで唯一、本物扱ってますとのこと。


面白いのが、なんでこれ安いのって聞くと、
そいつは偽物だからね、と答える。
自らフェイク品だと暴露する店を、僕はこの旅で初めて見た。
じゃあこっちのやつ、もう少し安くならないって聞くと、
それは本物だから無理だよという。


なるほど。
価格重視なら偽物を買え、本物が欲しいなら、ちょっと高くなるよということだ。
うむ、なんか信頼出来るな、この店は。
フェイク品は確かに安いけど、あっさり壊れると聞いていたので、先も考えて本物を購入。
27ドル。

IMG_0886.jpg

ちなみに、ノースフェイスの本物には、
必ず商品の内側にホログラムのエンブレムが付いているとのこと。
これが無い時点でまず偽物で間違いないと言う。
実に勉強になる店だった。


トシくんは、別の店でストールを購入。
これ一枚で色々助かるわーと、相変わらずの女子的発言。


こうして準備を整えた僕らは、
いよいよスリーピングバスに乗ってベトナムを離れることになった。
出発直前に、グアンに電話を掛ける。
これからベトナムを出れば、もう電話も通じなくなる。


ありがとう。と、またね。を言った。
少し、切なさが舞い上がった。


30時間か。
このベトナムバイク縦断の旅を振り返るには、
ちょうどいい時間かもしれないなと想った。


それにしても、良い旅だったなぁ。
ありがとう、ベトナムで出逢ってくれた皆。
僕は少しだけ成長した気持ちとともに、ラオスへ向かった。

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2013.11.02



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グアンとの再会。ベトナムバイク縦断おまけの一日。

昨夜、宿で遅れてきた達成感を味わっていたとき、
トシ君がふと呟く。


グアンから、メール来てますか?


そう、僕らはFacebookのアカウントを交換していたので、
彼は早速メールを送ってきてくれていた。


「こんにちは。」


たったそれだけのメール。
その可愛らしさと向こう側で四苦八苦している彼を想うと、
挨拶の言葉だけで泣きそうになった。


一通りのメールのやり取りを終えると、
トシ君にはまた、違う連絡が入ってきたと言う。


「明日は何するのか。
あなた達だけで、ハノイを周るのは、無理ね。
私が、ハノイを紹介します。」


グアンがハノイを紹介する?
誰か友人を紹介してくれるってことだろうか。
いや、まさかとは想ったけれども、
少し詳しく教えてもらおうと言うことになった。


何せ、彼はGoogleの翻訳機能を使ってメールを送ってくれているので、
時々意味の通らない内容が飛んできたりしていたのだ。


「今日の夜11時のバスに乗って、
ハノイに行きます。明日の朝8時に着きます。」


ベトナムから届く優しさは、
まだまだ終わっていなかった。


明日は、バイクの売却先を探し、
翌日のラオスに抜けるバスチケットを購入するはずだったが、
それらは既に、商売気の半端無い宿の店主の協力によって完了していた。


思いがけず空白の一日が出来たこともあり、
僕らはグアンの言葉に再び甘えようかということになった。


翌日、朝起きると、僕の携帯が鳴る。
到着したよとグアンの声が聞こえた。
早速、下に降りていくと、本当に彼がいた。


しばらく逢えないと感傷に浸った2日後に再会したことが、
少し滑稽でもあり、どうであれ再会出来たことの喜びが上回るところもあった。


お茶飲みましょう。
グアンの提案で、早速近くのお茶屋さんに向かった。
ハノイは、日本の緑茶のようなお茶を提供するお店が多い。
特に、路面に展開している屋台のお店で必ず見かけた。

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そこには、新たなグアンの友人が2人待っていてくれた。
イケメンのサンと、もうすぐ子供が生まれるキエウ。
二人もまた、初対面の僕らに対して、溢れんばかりの優しさをくれる。


お茶を飲みながら、自己紹介をして、
少し日本の写真などで盛り上がった後、
じゃあ、行こうかと彼らのバイクの後ろに乗ることになった。
行き先は聞いていなかった。


観光かぁ。ホイアン以来だな。
ホイアンも、特に名所を周った訳ではなく、
マッサージと夜景を撮っただけで。
あれ、ベトナム来て初めてだ、ちゃんと観光するの。
全然気付かなかったなぁ。

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やっぱり僕は、世界にある名所を見たいんじゃないんだなぁって。
そのときも、改めて実感をしたんだ。
何も観ていないとしたら、この充実感はなんなんだろうか。
日本食か?いやいや、そんなに食べてない。


よく、旅は出逢いだと言う。
それは決してひとだけの話では無いと想う。


このバイク旅には、想像していない出逢いがたくさんあった。


突然現れる砂丘や、淡く透明度の高い海。
地元のおじちゃんやおばちゃん、そこに住む日本人。


誰よりも自由に生きる牛、犬、猫。
妊娠中だと言う人間が5、6人現れる物売りのおばちゃん。


未舗装の道路。時速2km程度で山道を進むトラック。
スコール。灼熱の太陽から降り注がれる熱。
何度も反対車線まで飛ばされた突風。
事故のときに助けてくれたベトナムの皆さん。


僕が求めていたのは、こういうものなのかもしれないなって。
ガイドブックも持たずに日本を飛び出したのは、
こういうことがしたかったからかもしれない。


グアン達は、僕らをハノイのあちこちに連れて行ってくれた。
これが現地人しか知らないハノイの中のハノイなんだなぁと。
後に、宿に帰ってGoogleでどこに行ったのかを調べると、
観光名所のトップ3だったのは、
これからも僕の胸にしっかりとしまっておきたい。

DSC_0140.jpg

ただ、食事処はやっぱり地元民だからこその場所だった。
エビのしっぽと衣を揚げたものが最初に出てきた。
これが驚く程に、うまい。
そして、これを半分程食べた後に、トマト味のフォーが出てきた。
これは美味しそうだと頂こうとすると、グアンの制止が入る。

DSC_0144.jpg

「まだね。
これ食べ終わってから、これ食べるね。」


そうか、エビを食べ終わるまで、次にいかない文化なんだなと。
確かにサンもキエウも食べてないな。
ところが、ふとグアンが席を立つと、
サンとキエウが急にフォーをむさぼり出した。


なるほどな、このルールはグアン特有のものだったのか。
いつもこっそり彼の目を盗んでは、むさぼるんだろうか。
しかし彼らのこうした行動が、なんだか無邪気で笑ってしまう。

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向かいでは、警察達が宴会を開いていた。
まだ昼の12時を過ぎた頃である。
しっかりと制服を着ていながら、
ウォッカのようなものを何度も乾杯して一気に飲み干していた。


彼らは、今日休みなのかな?
僕らがグアンに聞いてみる。


「ええ、昼休みです。」


少し、意思の疎通が取れなかったようだけれども、
そうか、ただの昼休みなんだと分かった。
そして彼らは、バイクに乗ってどこかへ帰っていった。
多分、職場に戻ったのだろうと想う。
本当に不思議な国だなぁと感じてしまう。


昼を食べ終えると、
グアンがまた別のお寺に連れて行ってくれた。
だが、ここで僕の体調が最低調にまで悪化していた。
ちょっと、無理をし過ぎたかもしれない。


グアンに無理を言って、宿まで連れて行ってもらい、
また夕飯頃に連絡をといって別れた。


商売気と共に優しさも半端ない宿の店主が、
僕の身を案じて、サロンパスを買いなさいと促してくれた。
私が買って、後で部屋まで持っていくからと。


そして、トシ君が一緒に買いにいかされたらしい。
なんか僕の分も買わされたんですよね、
と必要の無い薬まで買ってきたと言う。
やはり商売気が半端ではない。


僕には、痛み止めも買ってきてくれていたので、
それを飲んで、サロンパスを貼り、少し寝ることにした。


起きてみると、かなり痛みが引いている。
薬がかなり効いているようだった。


そして、グアンと共に、最後の晩餐に出掛けた。
グアンの妹と、サンの彼女、キエウの奥さんも一緒だった。

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生春巻き屋さんとでも言うのだろうか。
かなり賑わっているお店で、鍋を囲った。

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会話なんて、やっぱりたいしたことは話していないのに、
もう楽しくて仕方が無かった。優しさが嬉しくて仕方無かった。
笑顔の絶えること無い、素敵な最後の食事だった。

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会計のときに、グアンにこの最後の食事だけは、
僕らに払わせてもらえないかと聞いてみた。
グアンは、こう答える。


「ここは、ベトナムね。日本じゃない。
ベトナムは、ベトナム人払う。また、今度ね。」

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もう言葉なんて出なかった。出なかったよ。


最後に彼らと、ベトナムコーヒーを飲みに行き、
どうしても最後の最後、僕らのことを送ることが出来ないからと、
タクシー代まで払ってもらい、乗せてもらった。


明日の夕方、とうとう僕らはベトナムを去り、
ラオスへと向かう。
これが、正真正銘、グアンとのしばらくのお別れになるなぁと。
僕は、感傷に浸らずにはいられなかった。

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2013.11.01



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最終目的地ハノイへ。ベトナムバイク縦断11日目。

グアン達と別れた僕らは、驚くほどゆっくりと、
ハノイまでの最後の経由地ニンビンへ向かった。


距離は150km程度しか無いはずだった。
ただ、ここに来て今までで一番の悪路が永遠と続く。


日本から持ってきていたロキソニンを飲んでいて直、
そのモグラ叩きの様な未舗装の道路は、僕の身体に激痛を与える。


これは、気持ちで負けたらお終いだろうな。
そんなことを想っていた。


このときはまだ、自分が骨折していることに気付いていないから。
自分の、あと少しで折れそうな心が情けなくて仕方が無かった。


それでも、ハノイが近いことは救いだった。
もうあと少しだと知っていることは、信じ難い程の精神力を与えてくれる。


もしもの話。
これで、はい、残念でした。
あと250km程ゴールが伸びました!てへへ。
なんていうバラエティ的なドッキリでも仕組まれていたら。


僕はユーラシア大陸横断時に有吉が最後まで言わなかったあの言葉を軽々と言うだろう。


そんなギリギリのラインではあったけれど、僕らは無事ニンビンという街に到着した。


夕飯は、宿で頂くことにした。
もう外を歩く激痛に耐えられなかった。

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隣で陽気なカナダ人のカップルが、ビールと謎の液体を飲んでいる。


それなんだいと聞くと、日本酒だと言う。
それをお猪口のようなものに開け、二人でぐいっと飲んでいる。


なんだか堪らなく美味しそうだ。


君も一緒にどう?と言われたので、
いやぁ、この怪我がね、と思いきりアピールしてみた。


まぁ、その、大した反応は無かった。


そこで、さっさと寝ることにした。
もちろん、痛みに起こされ、大して眠れてはいないけれども。


そして、11日目。


いよいよ、今日。
ハノイだ。


神様がいるとしたら、彼か彼女か知らないが、
相当面白がって僕らの行く手を阻んでいるのではなかろうか。


外は土や砂でも降ってるのかという程の雨。
土砂降りだった。

IMG_0858.jpg

日程上、僕らには一日の余裕も無い。
オーバーステイしたとしても、賄賂でなんとかなるらしいが、
ベトナムの宿は、パスポートチェックが厳しかった。
滞在可能日数を超えれば、何処も泊めてくれないだろう。


宿のチェックアウト時間のギリギリまで待ってみたが、
天候には変化のかけらも見られない。


じゃあ、落ち着いてコーヒーでも飲んで、
雨が収まるのを待とうかということになった。


止みそうにない雨。
過ぎていく時間。
飲み干されたコーヒー。


行こう。
もう行こう。
走っていればそのうち止むだろう。
神様ってのは、いい人だって聞いているし。


こうして、僕らのラストランは始まった。


僕はもう、自分の荷物すら自らの力でバイクに括り付けることが出来なかった。


相方に、申し訳ないが、これでもかというほど頼った。


昨日の夜、トシ君と僕は、こんな話をしていた。


今日の道はちょっと気を失いそうだったんだよね。
あんな酷い道は今までになかったね。


そうですね。
明日、あれが続くようだったらキツイんじゃ無いですか。
もう無理だったらいつでも言って下さい。
覚悟は出来てますから。


まぁ、でも首都ハノイのそばだからね。
明日の道は、きっと綺麗な道路だと俺は読んでるんだよね。


...勘の鋭い皆さんなら、もうお気付きのように。


この11日間で、過去最悪の悪路が僕たちを待っていた。
昨日の比では無い。こらこら、神様、やり過ぎ。


そして、雨が、
そのもうホントに馬鹿なんじゃなかろうかというじゃじゃ馬道を、
タケシ城並みに攻略の難しい道へと化かしていた。古い。三十路です。


最後の最後まで...
楽はさせてくれないもんだね。


こうして、4回程トラックに泥水をぶっ掛けられ、飲用で無いその水を口にし、モグラのいないモグラ叩きの道を走り、腹部が限界まで痛み、間違えてバイク通行禁止の高速に乗り、暇そうなおじさんに金を出せば俺がなんとかしてやるぞと言われ、それをあっさり断り、無理矢理逆走で戻ったりしていた。


ふと気付けば、ハノイはすぐそこまで来ているようだった。

IMG_0863.jpg

それは、バイクの量が二次関数並みに増加していくことからもはっきり分かった。


ところが、増えていくバイクとは裏腹に、
僕の達成感と呼ばれる感情は湧き上がってこない。

IMG_0861.jpg

あれほど待ち望んだ終着点。
正直、「そうかハノイに着いたんだな。じゃあ、宿探そう。」その程度だった。


宿を探している最中に、商売気の半端ではない宿の店主が、
君たちのバイク売りたいなら僕が知り合いの業者を手配するよと言ってくれ、
あれよあれよと一台150ドル程で売却。


あれだけ苦楽を共にした愛車とも、なんとも呆気ない別れとなってしまう。

IMG_0866.jpg

そして、疲れ果てた僕は、チェックイン後直ぐにベッドに横になった。


ここからだった。
身体からすうっと緊張感が抜けていく。
ハノイに着いたという事実が、僕の身体に突然入ってきた。
明日への備えも、もう必要ないんだという虚無感。
何か、湧き上がってくるものがあった。


終わった。
終わったんだ。
終わったぞーーー!


達成感は、こうして遅れてやってきた。


そして、翌日。
僕はまさかのグアンに再会することになる。

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2013.10.30



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激痛をおしてハノイを目指す。ベトナムバイク縦断10日目。

翌朝、早くに目覚めながらも、しばらく起き上がらずに、天井を見つめていた。


起き上がれなかったと言って良い。


身体を無理矢理横に転がし、天井に近い方の腕でベッドを強く押す。
その補助を持って、更に力の入らない腹筋と背筋に無理強いをさせる。
あとは、走る激痛を乗り越えれば起き上がれる。


昨晩何度か試して、この方法しか、僕が自力で起き上がる術は無いと分かった。
ただ、そのときに必ず待っている痛みを感じることに、少し憔悴していた。


こんな状態でバイクに乗ることに、何の意味があるんだろうか。


もうバイクをここで手放して、バスでハノイ行きましょう。
ここまで走ったら、ベトナム縦断したようなものじゃないですか。
身体を第一に考えましょうよ。
もう十分やりましたよ。

DSC_0047.jpg

トシ君は昨夜、僕の状態を案じて、そんな提案をしてくれていた。
優しさの塊のようなヤツだ。


でも僕は行ける気がしていた。
痛いと言っても、気絶する程じゃない。


そして何よりも、やり遂げたかった。
誰から強いられた訳でもないこのベトナム縦断を。
自分がやりたくて仕方なかったことを。
この程度の困難で諦めたくなかった。


意味なんてなくていい。
馬鹿と呼ばれたって構わない。
自分がやりたいなら、やればいい。
理由は良く分からないけれど、何故かそんな気分だった。


多分、ゆっくりしか走れない。
途中何度も、止まるかもしれない。
迷惑掛けるかもしれないけど、最後まで走りたい。
僕は、彼にそう伝えた。


グアンがひょっこり部屋に顔を出す。
調子はどう?彼は今日も、朝の第一声から優しかった。


まだ痛いよ。素直に僕は答える。
こういうとき、遠慮して大分良くなったというようなことを、
旅に出てから言わなくなってきた。


相手が心からの言葉を伝えてくれているときは、
僕も心から本当のことを話したいと想うようになってきた。


グアンや彼の友人たちの面白いところは、
案ずる言葉をかけてくれたあとは、
まるで気にしていないような提案をしてくれることだ。


昨日の海もそう。
日本人なら、「でも、痛むのにバイクはちょっとあれだよね。早く部屋に戻ろうか。」
多分こうなる。


彼らの場合は、まだ痛いんだ。と伝えた後、「よし、朝ごはん食べに行こう。」
と、こうなる。


会話の接続としては、何故そうなった!って感じがするけれど、それが逆に心地良かった。


怪我人扱いされ過ぎると、自ら大層な怪我人という暗示をかけてしまって立ち上がれなくなりそうだったからね。


こうして、彼らは、昨日の昼に訪れた、
ベトナムで最もフォーの美味い店(グアン談)に連れて行ってくれた。


昨日も食べたけれど、不思議と今日はまた違う味がした。


ひょっとすると、ただの味の素の入れ方かもしれないけれど、
気持ちの違いが味覚にも伝わったのかなという気がした。


そして、昨日から奢られっぱなしの僕らは、
この朝飯だけは払わせてくれと押し問答した。
そして、なんとか僕らで払うことが出来た。


驚いたことに、このとき初めて、
グアンがとても悲しそうな顔をしたんだ。


僕はもしかすると、とても間違ったことをしてしまったのかもしれない。
相手の好意を踏みにじったときのような、そんな罪悪感だった。


それじゃ、コーヒー飲みに行こうね。
そう言うグアンは、もう、いつもの彼に戻っていた。


ベトナムコーヒーは、本当にはまってしまう。
練乳たっぷりの信じられない甘さと、
エスプレッソでも出せないようなあり得ないほどの苦味。


これが驚くほどマッチしない。
磁石の磁極のように、見事に反発している。


なのにだ。
何故かはまる。


グアンたちも、ベトナムコーヒーの美味しさには自信を持っているようだった。
自国の文化や特産に誇りを持つ彼らの姿は、見ていて気持ちがいい。

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彼らとも、もうすぐお別れだなぁなんてことを、このときから考えてしまった。


奢られっぱなしの僕らは、グアン達は日本に来ないのかと聞いていた。


グアンは、30年後まで行かないねと答えた。


「今は、行けないね。仕事忙しいし、子供、生まれたばかりでしょ。60歳、なるねぇ?仕事、辞める。私、多分暇ね。そしたら、日本行きます。」


正直すぎて、涙が出そうだった。
社交辞令なんかじゃなくて、真剣に行くか行かないかを考えてくれた答えだった。


軽はずみな僕の問いかけが、なんだか恥ずかしかった。


「でも、大丈夫。フェイスブックあるね。」


残念そうにしている僕らに、彼はそう付け加えた。


子供のように純粋な人だった。
いつも、笑顔が絶えなくて、ふと真顔になると僕は心配になるほどだ。
忘れかけた日本語で、一生懸命自分の意思を伝えようとしてくれる。
当時の彼のメモ帳には、ぎっしりと日本語が書かれていた。
そして、そのメモ帳を頼りに、
彼は僕らとの会話を少しでも伝わるものにしようと努力していた。


なんて、素敵な人に出逢ったのだろうか。


最後に、バイクのチェックに、整備工場にも連れて行ってもらった。
これで、もう本当にお別れだ。

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もう逢えないかもしれない。
少なくとも、僕がここにもう一度来なければ、30年は会うことは無い。


でも、軽はずみなことは言いたくなかった。
自分の言葉に責任を持ちたい。


それを言うなら、ちゃんと実行する覚悟が必要だった。
だから、最後の最後までこの言葉を言うか迷っていた。


「また会いに来ます。」

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最後に僕はそう伝えて、再びハノイを目指して旅立った。



2013.10.29



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骨は折れてたけど。ベトナムバイク縦断9日目part3。

実はこのときまだ分かっていないけれども、
僕の肋骨はやはり骨折していた。第六と第十という2本の骨が折れていた。


ただ、僕の気持ちがそれでも折れることが無かったのは、
グアンや彼の友人の無償の優しさに触れたからだろう。


グアンの家に泊めてもらうことになった僕たちは、
早速、お世話になった診療所を後にした。


彼は、驚いたことに実業家だった。
そして、オフィス兼簡易宿泊施設を持っていて、
僕らはそこに泊めてもらえることになっていた。
向かいには、彼の家があった。


ここには、私以外に誰もいないから、安心して下さい。
まずは、ゆっくり休んで。
グアンはそう言って、僕らを宿泊部屋へ案内し、
彼自身は、隣の部屋の事務所に居てくれた。


僕は本当に眠かったので、
そのまましばらく眠らせてもらうことにした。
その間、トシ君は、グアンと彼の友人と話をしていたようだった。


ふと、お腹が空き過ぎて目が覚めた。
さっきの昼ご飯のときは、気分が悪くて大して食べられていない。
どうやらもう、すっかり夜になっている。
2時間ぐらいは寝ていたんだろうか。


夕飯どうしようかとトシ君に相談したところ、
グアンが、一緒に食べようと言ってますよという。


こうして、グアンと彼の2人の友人を交えて、
5人で夕飯を食べに出掛けた。
バイクで10分程の場所にある、彼の行きつけのお店のようだった。
ちなみに、彼の友人の一人Vandong(日本語の読み方を忘れてしまった。)は、
徳島で3年間働いていたらしく、日本語がグアンよりも達者だった。

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出てくる料理は、とにかく美味しかった。
今まで食べて来たどのベトナム料理よりも。
というより、今まで僕は、何を食べていたんだろうと想うほどだった。

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言葉はそれほど通じていないのに。
そこには不思議な程、温かくて居心地の良い空気が流れ、
なんだか昔からの友人と久々に再会したときのような、
そんな空間が出来上がっていた。

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写真を撮り合ったり、
日本での話を聞いたり、日本のことを話したり、
僕の具合を代わる代わる心配してくれたり、
笑顔の絶えない男たちの談合。
僕がもとめていたきゃぴきゃぴなんかよりも、ずっと輝いていた。

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これから、海を見に行かないか。


ふと、グアンが言葉にする。
僕はこの街がどこにあるのか、未だに良く分かっていなかったが、
近くに海があるとは想っていなかった。


この満身創痍の身体。
砕けそうになっている心。
絶好の海日和じゃないかと想った。本気でそう想った。
こんなときに海に行けたら、僕は何を感じるんだろう。


行きたい。
僕はそう伝える。


3台のバイクで、僕らは海に向かった。
ヘルメットも被らずに、僕は後部座席で夜景を眺めていた。
田んぼだけが広がる景色。街灯もほとんどなくて、真っ暗だ。


バイクのエンジン音とウシガエルの鳴き声だけが木霊している。
ここはベトナムだった。それが信じられなかった。


海岸沿いに到着する。
引き潮だったことで随分と広がる砂浜を、ゆっくりと歩いた。

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波の寄せる音が聴こえる。辺りは暗闇に包まれていた。
グアンの笑い声が聞こえる。彼と一緒に、暗闇の中で写真を撮り合った。
真っ暗で何も写らないのに、この瞬間を写真に残したくて。
何度も何度も。

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なんだろう。
小さなひかりが、ふわふわと飛んでいる。
トシ君が蛍じゃないですかと言う。


こんなところに...なんでこんなところに…
そのちいさくも優しく輝くひかりと、僕の周りの優しきひとたち、
海の果てしなさ、聴こえてくる波音、小さな自分。


あぁ、生きてて良かった。
死ななくて良かった。
傷なんてもうどうでも良かった。
ただ、死ななかったこと。生きてたこと。生きてること。
それを想っただけで、僕の感情は溢れ出した。


あぁぁぁ、生きてたぁぁ、良かったぁぁ。


僕はこのとき全然気付いていなかったけれど、
これだけの怪我をしていながら、
ここまでちっとも不安になることが無かった。


グアンやその友人たちが、ずっと僕を笑顔にさせてくれていたから。
そばになんだかんだ頼りになるトシ君がいてくれたから。
彼らからもらったものは、優しさだけじゃなかったんだなって。
後から、後から僕は気付いていく。

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明日、もう一度ハノイを目指して走り出そう。
僕は心の中で、このときそう決めた。



2013.10.28



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事故で出逢った素敵なひとたち。ベトナムバイク縦断9日目part.2。

「どこから?」


僕は突然の日本語に少し混乱していた。
日本です。
そう答えると、当然ながら日本のどこ?と聞かれた。
とっさに東京と答えていた。
きっと名古屋と言っても分からないだろう。


グアンとの最初のやり取りは、ぎくしゃくしたものだった。
僕も正直どこまで日本語で喋っていいのか分からなかったし、
彼も日本語がそんなに達者ではなかった。


話していくと、彼は日本に研修生として1年程滞在していたという。
もう数年前のことだから、日本語もすっかり忘れてしまったのだけどね。
そういいながら、必死に過去の記憶を呼び起こしているようだった。


僕は素直に驚いていた。
ここで、偶然にも日本に縁のある人に出逢えるなんて。
一ミリも予測していなかったのである。


しばらく、彼にどこが痛いのかを説明して、
それを医者と看護師に伝えてもらっていた。
日本語が話せる人がいる。
そのことが、どれだけ僕を安心させたか分からない。


すると、今度はまた見たことの無い別の男性から英語で話しかけられた。
どうやら、ベトナム語が通じないと分かった後、
周りに付き添ってくれていたひと達が、
英語が喋られる方を呼んで来てくれたようだった。


実は後から気付いたけれども、
グアンも恐らく事故現場にはいなかったと想う。
僕が日本人だと知った周りのひとが、連れて来てくれたのだろう。


おかげで、ある程度の意思疎通が取れ始めていた。


ひとりかと言われたので、友人と一緒だったが、彼は先に行ってしまった。
連絡を取りたいが、彼は携帯を持っていないんだと伝えた。
もしかしたら、僕の携帯に連絡が入るかもしれないと。


そして、痛みが酷いのと、とても眠たいので、
ここでしばらく休ませてもらえないかと御願いした。
医師と看護師に確認を取ってもらうと、それは問題ないようだった。


どうやら、鎮痛剤らしき注射を最初に打たれたが、
その副作用で強烈な眠気が襲って来ているようだった。


突然、貴重品ベルトに入っていた携帯が震える。
間違いなくトシ君だと想った僕は、彼らとの会話を失礼して電話に出た。


やはり、彼だった。
ガソリンスタンドでWi-Fiを借りて、
Skypeクレジットで電話を掛けて来てくれたようだ。
良かった、これで合流出来るかもしれない。


現状を簡単に報告すると、彼が電話越しに青ざめているのが分かる。
現在地の詳細が説明出来なかった僕は、診療所の名前だけをグアンから確認して、
トシ君に伝えた。それを頼りに、探してみると言う。


30分ぐらい経った頃だろうか。
再び携帯が鳴る。
出てみると、どうやらベトナム語で話しかけられているようだ。


そこで、グアンに携帯を渡す。
ベトナム人みたいなんだけどと伝えて。


どうやら、診療所の近くまでトシ君が来ているようだった。
グアンは、あなたの友達がそこまで来ているみたいだから、
私は、迎えにいってくると出て行った。


そしてついに、僕はトシ君と再会する。


このときの気持ちは、どう表現して良いか分からない。
ただ想ったことは、これでもう大丈夫だということ。
特に何か問題が解決した訳ではないのだけれど、僕は不思議とそう感じた。
得も知れぬ安心感に襲われて、僕の眠気はますます強くなっていた。


症状を伝えると、
骨が折れてるかもしれないですねとトシ君は言った。
彼は骨折に関して詳しかった。
僕は、過去に何回か骨やってますからね、と少し鼻をこする。


腹部に鈍痛が続いている、痛みで起き上がれない。
彼はこの2つの情報から、そりゃ骨折ですと診断した。
もちろん彼は医者ではない。
なのに、その自信に満ちた回答は、僕を納得させた。


肋骨なんて簡単に折れるものらしい。
念のため、レントゲンを撮りに行きましょうと提案してくれた。
もし、内蔵や肺に肋骨が刺さっていたら大変ですからと。
彼の中で、骨折したことは確定事項だった。


こうして、グアンにレントゲンを撮りたいので、
病院の場所を教えて欲しいと言うと、
乗せて行くので後ろに乗ってと言ってくれた。
この診療所は、とても小さくてそんな設備は無かったのだ。


1件目は休みだった為、2件目の少し遠い病院へと向かった。


グアンは、何故これほどまでに優しくしてくれるのだろう。
そして、この事故でどれほど数えきれないベトナム人の優しさに触れただろうか。
これが、彼らの人間性なんだろうか。
そうであれば、日本で育った僕は、間違いなく何かを失ったのだろうと想う。


そんなことを考えながら、それでいて激痛と闘いながら、
2件目の病院に到着した。


レントゲンに加えて、エコーも調べてもらい、
結果はなんと異常なし。僕は少し安心した。
ただ、そうするとこの激痛はただの打撲なのか。


そして、この診察代をグアンは何も言わずに払ってくれたのである。
あとであとでと言いながら。彼はお金を決して受け取らなかった。


診療所への帰り道、僕らはグアンに連れられて、食堂に向かった。
診療所にいたときから、お腹は空いていないかと言われ、
お腹空いたなぁって言ってたからだろう。


ここのフォーが一番美味しいんだと教えてくれた。
その通り、本当に美味しかった。
そして何よりも。温かかった。
昼食代も、彼はまた払ってくれたのだった。


診療所に戻ると、僕はもう一度横になった。
どうにも眠い。いっそ、ここで一晩泊めてもらいたいぐらいだった。


眠気に誘われてうとうとしていると、
トシ君がグアンの携帯であろうことか日本語を話している。
誰と電話をしていたのか聞いてみると、
グアンの友人で、現在日本在住のベトナム人だと言う。


グアンは日本語がそこまで達者じゃないので、
これから僕らがどうするのかということを、
日本にいる彼を通じて確認したかったようだった。


その中で、トシ君から聞いた話では、
電話の向こうの彼はこう言っていたという。


「グアンは、今晩泊めて欲しいと言えば、喜んでOKをするはずだ。
ホテルに泊まるよりも、絶対にその方が良い。
彼は、日本に滞在していたときに、とても日本人にお世話になったから。
その恩返しがしたいと言っているんだ。」


僕は、最初その言葉をなかなか消化出来なかった。
映画の世界だけかと想っていたような恩を恩で繋ぐ話だった。


こんな優しさの送り合いのような世界が、
この地球には本当に広がっていたんだなって。


こうして、最初は少し戸惑いながらも。
グアンからも強く勧められて、僕らは今日、彼の家に泊まることにした。


そして、
ここからさらに、
彼らの溢れ出すかのような優しさに、
僕らは満たされていくことになる。

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2013.10.28


(この日の話は、もう少しだけ続きます。)
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事故で死にかける。ベトナムバイク縦断9日目part.1。

昨日、ビンという街に到着した僕らは、
今日は長距離を走行しようという考えでまとまっていた。


それは、300km弱離れた街ニンビンに、
やはり良い宿がありそうだったからという理由だった。
今度こそ、日頃の雪辱を果たすときが来たんじゃないだろうか。


今日が終われば、あと1日でハノイに着く。
つまり、このバイク縦断の旅が終わる日がやってくるということ。
目先にゴールが視えていることで、気合いも充分に入っていた。
そして、今度こそ。


50km程、走ったところだった。
そのとき先頭は、トシ君に任せていた。


実は、後方から走っている方が、僕は気が楽だった。
どうしても、先頭走行時は、
後方からちゃんと相方が着いてきているかが常に気にかかる。


どうせ見なければ行けない前方に相方を捉えられる方が、
随分と余裕を持って走ることが出来るのだった。


そんな訳で、そのときトシ君は随分と前を走っていた。
僕は、トラックの追い越し合戦に行く手を遮られ、
抜かすに抜かせない、低速走行で停滞状態が続いていた。


ふと路肩前方が空いた。
僕はここぞとばかりにアクセルを回す。
そしてまさに追い抜いているその瞬間、
トラックがまさかの幅寄せをしてきた。
ついさきほど生まれたその細い道が、今度は急速に閉じていく。


僕は急ブレーキをかける。
不運にも、その路面は砂路地に変わっていた。
しまった。
この瞬間、既に僕は前輪のブレーキをかけたことを後悔していた。


前輪のタイヤがロックし滑るのがスローモーションの様に伝わる。
次第に傾いていくバイク。
止められない。
転倒してもそのまま滑り続けるバイク、そして自分。
視界前方には、工事中のために置かれているブロックが視えた。
急速に死を予感する。


それは間違いなく僕が滑りながら向かっている進路前方だった。
ぶつかる。
...そう想ったところで、僕の記憶は一瞬無くなっている。


確かにそのブロックに右腹部を強打した。
ただ、何かに安心した記憶もある。
それがなんだったのかが想い出せない。


サブバッグが衝撃を吸収してくれたような気もしている。
ぶつかったのが、頭じゃなかったことに安堵したような気もする。
いずれにしても、この瞬間の記憶だけは今も戻ってこない。


ただ言えることは、
偶然右方向に転倒したこと、ブロックに腹部からぶつかれたこと、
路肩付近にいたため、後続に敷かれることがなかったこと。
全ての小さな奇跡が繋がって、
僕は死ななかったということだった。


ブロックに腹部を強打した後、
僕は呼吸困難に陥った。
みぞおちを打ったんだろう。
大丈夫、あともう少しで息は出来るようになる。
頭では冷静に想いながらも、悶えていた。
苦しい。
肺に穴が空いたんじゃないかという考えもよぎる。


ひとりのおじさんが、そばに寄って来て、
ぼくを優しく調べる。
息が出来ない理由かもしれないものを、
ひとつずつ取り除いてくれていった。


左足に乗っかっていた僕のバイクをどかし。
右足に引っかかっていたサブバッグを外してくれた。
ヘルメットを外し、防寒の為に着ていたユニクロのダウンを脱がしてくれた。
腹に巻いていた貴重品ベルトも、
大切なものだろうと、敢えて外さずに、
それでいて腹部の圧迫からずらしてくれた。


この辺りで、僕の呼吸が徐々に戻り始める。


周りを確認する余裕が生まれてきた。
そこには、10人を超える現地の人達が、
バイクを止めて僕を囲んでいた。


皆、何かを叫んでいる。
こうした方がいい、ああした方がいいと、
意見の応酬をしているようだった。
そして、色々なひとが、僕の為に動いてくれていた。


意識が朦朧としていて、未だ立てない。
どうやら、路肩よりもさらに外に移動した方が良いと言われている。
あっちへと言われるが、動けない。
それを苦虫を潰したような顔で表現すると、
彼らが一斉に僕の両手両足を持って運んでくれる。


しばらく、呼吸を正常に戻すことを意識していた。
随分と冷静になってきた。
どうやら、右半身に擦り傷が広がっているようだ。


ただ、ユニクロのダウンや、
モンベルの雨具を防寒用に普段着の上から更に着ていた為、
それが代わりにかなりの傷を負ってくれていた。


頭もヘルメットをガチガチに被っていたので大丈夫そうだ。
首が少し曲がらないのと、腹部の激痛だけが問題だと判断した。


僕はそのとき、何故か起き上がってもう一度走り出そうとしていた。
今考えれば、当たり前だがどう考えても無茶である。
そばにいたおじさんに起こしてもらい、バイクに乗ろうとする僕を、
周りにいたベトナム人たちが制止してくれた。


そしてひとりのおじさんが、乗っていたバイクの後ろに僕を乗せてくれる。
一方で、僕のバイクに乗り、
俺がバックパック、サブバッグを運ぶからなという仕草をしているひとがいた。
荷物を失う可能性が頭を過る。
ここまできてもひとを疑う自分を必死で振り払った。


僕は全てを委ねた。
とにかく、僕ひとりではどうしようもないことは明白だった。


近くに診療所があり、僕はそこに運ばれた。
10人近くの事故現場にいたひと達が、一緒に着いて来てくれた。


ベッドに横になった僕は、
直ぐに医者の簡単な問診にあった。
もちろん、言葉は通じていないので、ジェスチャーのみ。
あまり通じている感じはしない。
どうやら英語を話せる人がいないようだった。


医者が去ると、看護師が傷の洗浄と消毒を施してくれた。
消毒の際に激痛が走る。


右大腿骨辺りにも擦り傷があるので消毒して欲しいとアピールしたのだが、
そこは僕の大事な部分が見えそうな為、処置しませんと言っている。
...本気ですか。どうやら、冗談で言っている顔じゃない。


周りのおじさん達も、大笑いだった。
多分だけれど、残念だな兄ちゃん、
彼女はここは見てくれないってよ、そう言っていた。


この状況で、そのユーモラスが逆に心地良い。
まぁ、いいや。破傷風の予防接種も打ってあるし、問題ないだろう。


それにしても、このやり取り中、気がかりがふたつあった。


ひとつ目は、トシ君。


恐らく遅かれ早かれこの異変に気付くはずだ。
けれども、彼がこの状況に気付き、この診療所に辿り着くことは奇跡に近い。
唯一の頼みは、僕の携帯だけだった。


僕は、フィリピンで3ヶ月の語学留学中に、SIMフリーの携帯を購入している。
そして、万が一の際の連絡先が必要と考え、ここベトナムでSIMを購入し、
トシ君に番号を伝えていた。


問題は、トシ君が携帯を持っていないことだったが、
Wi-Fiが入れば彼のSkypeクレジットから電話を掛けられる。
しかし、気付くタイミングによってはもう合流は厳しいかもしれない。
その場合は、この状況をひとりで打開していくことになるなぁと考えていた。
いずれにせよ、彼に迷惑が掛かることは明白だった。


もうひとつが、自力で全く起き上がれないことだった。


腹部の激痛と、左肩から首にかけての痛みから、
僕はこのとき、自分の力で起き上がることが出来なかった。
そして、こんな状態になった経験が僕には過去に一度も無かった。


恐らく、ただの軽い擦り傷だけでした、という訳にはいかないだろうなと。
ある程度の重傷であることを、覚悟を決めて受け止めた。


そんな中、突然、僕は片言の日本語で話しかけられる。
「どこから?」


これが、このバイク旅最大の出逢い、
グアンと初めて交わした言葉だった。

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2013.10.28



(この話は明日に続きます。)
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初めての独り走行。ベトナムバイク縦断7日目。

今日は、ここ二日間よりも長い距離を走らなければならないというのに。
僕らはあろうことか、ぐだぐだと支度をし、朝10時頃に宿を出た。


毎日の疲労感からだろうか。
今日もあの一日が始まるのだなと想うと、
少し支度が遅くなる。


モチベーションを徐々に上げていかなければ、
出発出来なくなってしまっている。


楽しくて仕方がない。
その気持ちが、先を見据えてしまうと薄れていく。
目の前に広がっている景色が、どうやら見えなくなっているようだった。


それでも、僕らには時間がない。
結果的にその事実が、毎日逃げること無くバイクに向き合えた理由となった。
そして、だからこそ運命的な出逢いに恵まれながら、進めたのかもしれない。

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走行の途中、トシ君が急に僕を制止した。
気分が悪いので、しばらく休憩したいと言う。
昨夜12時間も寝ていたのに気分が悪いだと!?
という気持ちが実は無かった訳ではないが、
怪我からくる影響かもしれないなと彼を休ませた。


その間、僕は少し先までバイクを走らせて
ガソリンを入れておくことにした。


実は、バックパックを後部座席に縛り付けている為、
給油時にそれらを一度外し、給油口を開け、給油後再び結ぶという、
15分程も時間を掛ける作業が発生する。
ガソリンを入れるという連日の行為が、大変億劫なものになっていた。


戻ってくると、人だかりが出来ている。
最初は、トシ君が倒れたのかと少し青ざめた自分がいた。
しかし、よく見ると彼は普通に座っている。


近づいてみて分かったことは、
彼を心配して地元民が集まっていたということだった。


その中の一人は、フランスで免許を取った医師だと言う。
トシ君が、ネットで集めた情報を元にして自己流で手当していた傷をみて、
こんな酷い手当の仕方は僕の人生で一度も見たことがない!
これじゃあ治るものも治らない。今が一番大事な時期だ。
今すぐに病院へ行こう!と説得していることが分かった。


そして、医師である彼は、今日は日曜日なので、
病院は閉まっていて、緊急外来になってしまうだろうと言う。
もし、それが嫌ならば、私の家へ来なさいと言い始めた。


トシ君がちゃんとした病院に行かなかった理由は、保険が下りないからである。
ベトナムは、国際免許に加盟していないので、僕らは実は無免許走行となる。


故に保険が適用されない。
そして、ネットで調べる限り、ベトナムである程度のレベルの病院で治療を受けるのは、
いささか高かった。僕らが事故を大いに警戒する理由はここにある。


話は戻って。
これはまた、面白そうな出逢いだなと想っていた自分がいた。
そして、そんな発想を繰り広げた自分が、正直嫌だった。
相手の無償で繰り広げられる善意に対して、
それをまるで自分の利益にしてやろうと感じている自分が許せなかった。


ましてや、このままついていけばただの便乗野郎である。


トシ君は、この先の予想出来ない展開に興味津々だった。
そして多分、フランス仕込みの医師など滅多に逢えないであろうベトナムで、
適切な手当をしてもらえそうだということも、
彼の決断の大きかったウエイトになっていたんじゃないかと想う。


こうして、トシ君からも提案があったのだが、僕は一人で先に進み、
トシ君は医者の治療を受けた後に、遅れて向かうということになった。


こうして、不意に初めてこのベトナムで、独りきりで走ることになった。
少しだけ走れば、二人で走っているときとの違いは、明確だった。


後方、前方を気にしなくていいこと。
自分の速度で、自分自身のタイミングで、全てのことが出来る喜び。
羽が生えたようだった。自由になった瞬間を味わったような、そんな感覚。


そして、それとは別に新たにかかる重圧。
事故を起こせば、周りに僕を知る者は誰もいない。
もしかしたら、誰も助けてはくれないかもしれない。
自己責任という重圧の掛かり方は、今までの比では無かった。


だからだろうか。
いつまで経っても全然進まない。
時間も忘れて夢中で走るということが出来ていないみたいだった。
独り走行を終えて目的地に着く頃には、予想以上に疲れてしまっていた。


宿に無事着いたものの、なんだか落ち着かない。
今度は、相方が本当に無事に到着するのだろうかという心配が始まる。
とにかく、連絡が来ることが無い早めの時間に、
さくっと昼飯を食べておこうと宿を出た。時刻はもう3時を過ぎていた。

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外に出て想った。
ここドンホーイという街は、なかなか良い街かもしれない。
どうやら世界的に有名な洞窟があるらしく、
それ目当てに欧米人バックパッカーが集まる街のようだ。


ただ、アジア人はかなり珍しいみたいだ。
街の人々が、かなり不思議そうな目線で僕を見てくる。
でも外国人に慣れていない訳ではないというところが面白い。
そのため、優しい笑顔を交わせる街だった。


良い街だ。
次ぎにくるときは、ちょっとばかりゆっくりしたい。
いや、正確には、きゃぴきゃぴしたい。


その後、宿でWi-Fiを繋いでいると相方から連絡が入った。
もうここドンホーイに着いたという。
どこかでWi-Fiを拾わせてもらって連絡したようだ。


僕が到着した2時間後、彼は無事に宿まで辿り着いた。
こらこら、こんなに簡単に合流出来てしまうなんて、ちょっと面白くないぞ。
しかし現代文明というものは、改めてすごいなと想った。


夕飯は、宿がレストランも兼ねていたのでそこで頂いた。
すると彼らも夕食の時間らしくせわしなく準備し始めた。
9人程の大所帯でひとつのテーブルを囲む姿を見ていたら、
なんだか微笑ましくなってしまった。

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そんな和気あいあいとした雰囲気の宿の女性オーナーが、
僕らに話しかける。


実は、来年高校生になる娘が、去年日本で交換留学をしてたんだ。
彼女は日本が大好きになってしまってね。
高校は日本の学校に通いたいと言ってるんだよ。
また、友達に逢いたいんだって。


でも、その為には奨学生として認められなくければいけない。
それが難しいのよね。


会話の隅々に、心の底から娘を応援している気持ちが滲み出ていた。
なんだか愛に溢れた家庭だなと僕はしみじみと想った。


そして、ここドンホーイにある、この小さな夢が叶うと良いなって。
どうか叶いますようにとそっと祈る。



2013.10.26



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フエでほんの少しの沈没気分を。ベトナムバイク縦断6日目。

随分と、良く眠れない日々が続いていた。
決して、相方の無限ループのように繰り返されるいびきが、唯一の原因という訳でも無い。


身体は、
精神的に、連日集中力を持続させる行為に疲弊し、
また緊張感と共に長時間の硬直を味わっている為か、
体力的にもクタクタだった。


それでも僕は、寝るのが惜しかった。
何故か、夜も深まると、
このまま寝てしまうのはもったいない気持ちでいっぱいになり、
目が冴えるという日々が続いていた。


もちろん、相方のトシ君に、恋心を抱いている訳では、断じてない。
僕は、おんなのこが大好きですから。


この気持ちは不思議でもありながら、
一方で、なんだか分かるなぁなんて、
自分に対する一番の良き理解者は、やっぱり僕だなぁなどと想ったりもした。

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この、冒険のような日々が。
僕は楽しくて仕方がない。
そして、同時に、毎日終着地点に向かって距離を縮めているという事実とも向き合っていた。


つまり、この日々はいずれ終わることを、僕は毎日実感せざるを得なかった。


だから、少しだけで良いから、長く起きていたかった。
ほんの少しだけ、無意識でいる時間を短くしたかった。


そんな訳で、絶賛寝不足でありながら、
少しハイな気分の僕と相方は、ホイアンを発ち、フエに向かった。


今日も、道のりは少し短めだ。
リハビリを兼ねているのもあるが、なによりこのベトナム中部には、
名の知れた街が点在していることも理由のひとつだ。

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フエもそのひとつだった。
世界遺産を抱えるその有名な街。
僕らがそこに向かう訳と言えば、観光意識などまるで関係なく、
有名が故に、ある程度いい宿があるんじゃなかろうか、という期待だった。


実のところ、僕らは日本人旅人に少々飢えていた。


もう少し具体的に言えば、
日本人の女性旅人と、
きゃぴきゃぴと夕飯を囲みたかった。


そうです、きゃぴきゃぴしたかったのです。
バイクの後ろに、いい加減18kgのバックパック以外のモノを乗せたかった。


そこで、どうやら日本人が数多く宿泊するという情報のある、
フエのとあるゲストハウスに照準を絞り、
僕らは逸る気持ちを抑えながら宿へと向かっていた。
よだれを垂らした犬と、当時の僕らはそんなに違わなかったと想う。


おじさんがひとり横たわっていた。


僕は静かにその扉を閉める。
ドミトリーと呼ばれてはいたが、3つしかベッドの無い狭い空間。
確かに日本人ではあったが、きゃぴという擬音語に一ミリたりとも擦りもしない。
何故君なんだ、おじさん。


今日だけは、ドミトリーに泊まる気満々でいた僕らは、
一ミクロンの迷いも無く、ツインベッドの部屋を取り、
土砂降りの雨の中、それでもそこに待つモノを信じて走り続けた僕ら男魂の、
メンタルケアに努めることにした。

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宿には、日本の漫画も少なからず置いてあった。
そこには、僕の大好きなあだち充作品のひとつ「H2」が並んでいる。
外は土砂降りの雨、安定のあだち充、迷いは無かった。


こうして、超短期沈没型スタイルを取った僕は、
気が済むまで漫画を読み耽っていた。
そして気付けば夜の10時になっていた。


夕食も取っていなかったので、いささかお腹が空いた。
相方はと言えば、いつもの無限ループに入っている。
久しぶりに一人で夕食でも食べようと僕は外に出た。


宿から歩いて8歩ぐらいだろうか。
1件のカフェに立ち寄る。
そこで伸びきったナポリタンを食べ、
練乳たっぷりの、それでいて苦み満載のベトナムコーヒーを啜る。

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昼間の、大型車両による騒音騒ぎが嘘のように静かだった。
今日もどうやら眠れなさそうだ。


宿に戻ると、再び漫画を読み漁った。
ところがしばらくして、
本棚のどこを探しても見つからない刊があって止まってしまった。


もう眠りなさいということかもしれない。



2013.10.25



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誰もがお薦めしていたホイアンへ。ベトナム縦断5日目。

昨日は、とにかく朝一番から夕方日が暮れるまで走り続け、
クアンナガーイという街へ到着していた。


そこに至るまでは、ただただ通り過ぎていく景色と、
景色のように通り過ぎていく思考を、
特に引き止めることもなくバイクの走行にだけ意識を向けていた。

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目的を持つことで、
失われてしまうものがあるとすれば、
その過程における様々な変化や流れ、動きに対する、
感度のようなものかもしれない。


時速180kmで走っているときの視野が、
わずかな点しか存在しないように。


周りで何が起こっていようと、
そこに向けられる意識が低下してしまうのだろう。


このバイク旅は、そんな葛藤と常に向き合う旅となった。


5日目。


宿のWi-Fiがポンコツ過ぎて使えなかった僕らは、
ホイアンの正確な位置情報を確認出来ずに出発した。


距離にしてみれば、大したことの無い今日の走行は、
気分的にかなり楽だった。
午前中にはホイアンに到着し、少しばかり観光でもしようと
男二人できゃっきゃ騒いだものである。


ところがホイアンが見つからない。
かなり近くまで来ているはずなのだけれど、
地図の詳細が分からない僕らは、とにかく周りの地元民達に聞き回った。

IMG_0810.jpg


このとき、天候も僕らを憂鬱にさせていた。
突然のスコール。
だけども、雨宿り出来る場所も無い。
近くまで来ているという気持ちだけが先行していたこともあり、
とにかくこのまま向かおうと、レインコートを頼りに進み続けた。

IMG_0809.jpg

何度も何度も道を修正して走り、
ようやくホイアンに到着した。


既に満身創痍で精神的にも疲れていた僕らは、
予定していた宿も見つかりそうになかったので、
そのとき目の前にあったまともそうな宿に、交渉の末泊まることにした。


とにかくお腹を満たしたい。
昼も食べずに進んでいたが、気付けばおやつの時間が近かった。
宿に荷物を置いて、外を散策していると、
すぐ近くに日本食料理を提供する「Duck Cafe」というお店を見つけた。

IMG_0807.jpg

海外で出逢う、日本人経営の日本食料理屋。
僕はこの素晴らしさに旅に出てから初めて気付いた。


海外を旅してまで、日本食を食べる意味。
もちろん、ローカル料理よりも高いことが多く、
最初はなかなかその意味を見出だせないかもしれない。


ただ、日本食程の味の繊細さを有する食事は、
海外ではあまり出逢わないことに気付いた。
この味の繊細さが、優しさとなり、奥深さとなり、僕に届く。
するとそれが感動となり、満足となり、一食以上のものを僕に与えてくれる。


これは、世界の絶景を観た一日と同じ程の満足感に匹敵する。
この日もそんな感じだった。


Duck Cafeで食べた鴨肉のすき焼き。
ベトナムには、生卵を食べる習慣が無いからと、
そこだけは日本と違ったけれども。
その繊細さを存分に抱えた味わいは、
早速ホイアンが良い街だと僕の頭に植え付けるには充分過ぎた。

IMG_0811.jpg

そして、そのカフェの経営者の方とそこで働くタカユキ君から、
夜にはホイアンに在住する日本の方が食卓を囲むから、
良かったらと誘って頂いた。


夜もここで御飯を食べよう。
そうトシ君と意見が一致していた僕たちは、
そのお誘いをありがたく頂戴した。


バイクと共に過ごすようになってもう5日間が過ぎた。
かなり身体に負担が溜まっていて、
時々女子的発言が目立つトシ君からも、
マッサージを熱望する声が連日届いていた。

DSC_0077.jpg

そこで、夕食前にマッサージを受けにいった。
日本にいるときは、マッサージの必要性に一切気付くことの無かった僕だが、
旅を始めてから、もう数回マッサージに脚を運んでいる。


念のためひと言添えておくと、
やましい行為を受ける場所では無い。
この日のマッサージは、今までで一番丁寧で気持ちが良かった。
トシ君はというと、あの野郎めっちゃ適当でしたよと、どうやらクジ運が悪かったらしい。

DSC_0094.jpg

その後、少し観光を終えた後に、Duck Cafeに向かい、
ホイアン在住の日本人の方と夕食を囲んでいたときのこと。
ある女性が言ったひと言がとても印象的だった。


彼女も、数年前アジアを旅していた。
その理由は、海外で面接を受けるためだったという。
行く予定の国々でアポイントを取っておき、
旅の日程に合わせて面接を繰り返していたのだという。


そして、彼女はこう言った。


「私は、まず住みたい街を探していたのね。
仕事は、自分が住みたい場所が決まってからだと想ってたから。」

DSC_0099.jpg

そして、ホイアンに出逢ったのだと言う。


面白い視点だなと想った。
そういう生き方もあるんだなって。


少し、そんな視点も持ちながら、
これから周る各国を旅していったら、
面白いかもしれないなぁって。

DSC_0087_20131112233553de6.jpg

その結果が日本であればそれでも良いし。
もしかしたら、そこに住みたいと想える街と出逢えるかもしれない。
この旅というものは、本当に一瞬先が全く分からないから。
もう何が起きても受け入れられるような気持ちの準備だけはしておこう。


今日もまた、素敵な出逢いがありました。



2013.10.24



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たくさんの親切に出逢う。ベトナムバイク縦断3日目。

昨夜泊まった宿のおじちゃんが、
お前らこの国を本当にバイクで周ってるのかと、
興味を示してくれていた。


「昨夜転倒した相方のバイクのメンテナンスがしたい。」


そう伝えると、これから一緒に俺の友人のところに行こう。
俺も丁度オイルを交換したいんだと言う。
ありがたい話だと甘えることにした。

IMG_0788.jpg


彼らが不思議な程優しいのは、
ひょっとすると僕らがただの旅人じゃないからかもしれない。


彼らの生活の中心的な存在でもあるバイクに乗っていることで、
幾分か彼らに歩み寄ることが出来ているのかもしれない。


バイク屋のおじちゃんもまた、その雰囲気を醸し出していた。


手はオイルで真っ黒に染まり。作業中の暑さに敵わず上半身は裸。
もう随分と伸ばし続けているだろう鼻毛が、使い古した歯ブラシのように広がっている。

IMG_0787.jpg

感覚と経験を最大限に駆使して、隠れていたバイクの欠陥を次々と剥き出しにしていく。


職人と呼ばれる人に会ったんだと想った。


途中、宿のおじちゃんがトシ君を医者に連れて行ってくれていた時のこと。
彼はこう聞いてきた。


「バイクは好きか?このバイクは日本に持って帰るのか?」


「日本には、バイクは走ってないのか?車ばかりか?」


僕の返答に、
そうかそうかと時に嬉しそうに深く、
味わうように頷く姿が印象的だった。


そして、ここがもうこんなにボロボロだ、
こいつをこの最高にイカしたこいつに交換するぞ、
とひとつひとつ僕に教えながら動いていく。


英語がほとんど喋れないおじちゃんとのコミュニケーションは、
専らボディランゲージとフェイスリアクション。


これが、面白いぐらいに意思の疎通が取れるから不思議だ。


言葉というのは、確かに便利でありながら、
故にそれに頼って他のコミュニケーション手段をないがしろにしてしまうのかもしれない。


言葉が通じないというのは、改めて自分たちに意思疎通に対する他の手段を数多く持っていることを教えてくれた。


こうして、バイクのフルメンテナンスと相方の傷の手当てが無事に終わり、
僕らはようやくこの街を発つことにした。
もう時刻はお昼を目前にしていた。

IMG_0806.jpg

逸る気持ちも確かにある。
ただ、事故の翌日も、昨日と同じように走ることは、
余程の精神力の持ち主でもなければ難しいだろう。


僕らは、50km以上の速度を出さず、無理な走行を控えることで、安全を優先した。


それでも、速度を抑えることで新たに生まれる危険、
無駄な争いを繰り広げる重量級車輌たちの揉め事に、
数多く巻き込まれることになった。

DSC_0068.jpg


そんな神経を尖らせながら、途中立ち寄ったガソリンスタンドでのこと。
ご近所のおばさまと思しき方達が、談笑していた。
そして、何故か分からないけれど、僕らも一緒に混ざれと大声で誘う彼女達。


理由は、相方トシ君にあった。


お前はどこから来たんだ。
歳はいくつだ。
身長はいくつだ。
結婚はしているのか。
怒濤の質問が彼に…だけ寄せられていく。
もちろん、向かいに座っている僕の存在に気付いていない訳ではない。


理由はひとりの若い女性を、彼に勧める為だった。
念のため言っておくと、もちろん、僕も独身でフリーの身である。
そして、それは彼女達も社交辞令的質問により既に理解していた。
が、彼女達に僕の価値の高さに気付くのはどうやら難しかったようだ。

IMG_0793_20131112215251928.jpg

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こうして、屈辱的完全敗北を味わった僕は、
ガソリンスタンドを後にしてからも、
世界のイケメン基準がなんら日本と変わらないことへの絶望感に打ち拉がれていた。


トシ君の怪我の状況。
僕の未来への絶望感。


そんな状況もあって、今日は走行距離を抑えて、
近くにある街、トゥイホアに泊まることにした。


宿の下調べもろくに出来ていなかった僕らは、
何故か気になるそのそびえ立つ白いホテルに値段を聞きに行くことにした。


アオザイである。


受付の綺麗な女性のアオザイ姿が、疲れた身体に心地良かった。
いや、ここは素直にえろかったと言おう。


値段を聞くと、やはり高い。
ほんの少しだけ安くして欲しいとお願いし、
例えばこんな感じとかさ?とまさかの無茶苦茶な値段を交渉してみた。


艶やかな彼女たちの困惑する表情を頂けただけでも、
交渉は成功したようなものだった。


困り果てた煌びやかな彼女たちは、
恐らくかなりの助平であろう上司に電話し、
ここまでならばOKだという値段を教えてくれた。


二人で25ドル。


安くはないが、決してこのクラスのホテルにしては高くない。


部屋を見せて欲しいとお願いし、
1人の受付美女の案内の元、
時間にしてほんの瞬く間、
それでいて永遠のようなその温かく淡い思春期のような時間を共にした。


あれ...この子、まさか俺のこと好きなんじゃ。思春期特有の思考が頭を巡る。


もう満足だった。


泊まる前から25ドルの価値を受け取った僕は、
相方を、持てる力の全てを使い、
今この瞬間僕ができる最高のプレゼンで説得した。


あっさりとOK。


こうして、旅始まって以来の贅沢な宿は、
湯船に浸かってみるわ、
ツーブロックに髪を剃ってみるわ、
何処か先行きの暗かった僕らに明るさを取り戻させてくれた。

IMG_0795.jpg


明日もこれで、また走れる。
ありがとう、アオザイ。



2013.10.23



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相方が事故る。ベトナム縦断2日目。

昨日の反省を踏まえると、夜間走行を避ける為に僕らが出来ることは、朝早くから出発することだという結論に至る。


朝7時。
今日は、まだ街の人々も朝食を取るのに躍起になっている時間。
そんな景色を見ながら、次の街へと愛車を走らせる。

しばらく走ると、昨日とはまた違う世界が映し出され、今日も僕らの心を躍らせる。

DSC_0020.jpg

本当にここはベトナムなんだろうか。
少なくとも僕の頭の中には描かれていなかったベトナムが、まるで映画の上映を見ているかのように、目の前に広がっていった。


海に浮かぶ漁船の鮮やかさ。
それを引き立たせる透き通るような水の色。

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西部劇でしか見たことの無かった荒廃した草地と広がる砂丘。

DSC_0038.jpg

なんだか北欧に迷い込んだかのような可愛らしい建物の続く景色。


突風吹き荒ぶ禿山と禿山に囲まれた中国大陸の一角のような世界。

DSC_0061.jpg

本当に。
世界は広いんだなぁ。


やっぱり僕は世界のことをこれっぽっちも知らなかったんだなぁと実感する。
なんであんなに、身近な世界を知っただけで満足していたんだろうと、少し不思議な気持ちも芽生える。


「生きていく力を身に付けたければ、自然の中で生活すれば良い。必要なものは自然が全て教えてくれる。」


ある民族のひとの言葉。


世界を周っていると、
その景色の壮大さと共に、その周りで暮らす人たちの生活が目に入ってくる。

DSC_0062.jpg

そして、そこに住む人々の知恵の面白さに惹かれていく。
効率とはまた違う尺度で図られた生活の図式。
それが人々の生きているという事実を素敵に彩る。


正しいとか間違っているという二者択一のつまらない解釈を抜きにしたら。
彼らの発信する情報のおもしろさは、仮想空間に広がるそれを遥かに凌ぐ。


生の情報の美味しさを。
僕は味わっているのかもしれない。


水牛の引く牛車に揺られて。
なにを運ぶでもなく移動するおじさん。


水田の畦道で、鞭ひとつで数十頭の水牛を各方面へ散らばらせる少女。


伝統的な笠を被り、天秤のような道具に商売品の野菜を載せて運ぶおばちゃん。


堂々たる姿で眠りながら道を塞ぐ牛たち。


チキン野郎の代名詞らしく、バイクに引かれまいと素早く逃げる鶏たち。


嬉しそうに走る犬たち。
と、追われる牛たち。


裸足で走り回る子供たち。


自然という言葉の、もうひとつの意味がそこには広がっていた。


全てが自然だった。
違和感のない。ひとが無駄に手をかけていない世界。


足らないものなんてそこには見当たらないのになぁ。
これからこの街はどうなっていくんだろう。


開発が進められていることが、所々にある工事現場の景色から分かる。


この景色は、もうすぐ変化していくんだろうなと想う。
いずれにしても、変化が避けられないのであれば。
彼らにとって、良い方向へ、どうか変わっていって欲しい。


そうこうして、もうすぐ今日の目的地であるニャチャンに届くというところで。


相方のトシ君が転倒した。


路肩から、曲がりきれずにかなり大回りをして合流してきたバイクを避けるために。


そのバイクの運転手である若い女性は、転倒した彼を見て、無表情のまま走り去っていく。
その姿は、一昔住んでいた国であまりにも見慣れた光景で、僕は唖然とする。


周りを走っていたバイクが止まる。


転倒したバイクを抱き起こしてくれる人。
負傷した彼を運ぶため路肩まで肩を貸してくれる人。


僕の出番なんてほとんどないぐらいに。周りの優しさに包まれていった。


負傷した彼は痛々しかったけれど、もう少しだけなら走れそうだった。
とにかく僕たちは宿を目指した。


目星を付けていた宿を探すときも、
夕食を食べているときも、
流石に彼は少し荒れていた。


こんなとき、僕はどう声を掛けていいか良く分からない。
実際に事故にあった者と、そうではない者という、決定的なほどに大きな視点の違いを。
僕には埋められるほどの力は無い。


かと言って、同情するのも筋が違う気がする。


とにかくゆっくりと、この現実を受け入れながら消化していく彼を待つしかない。


そんなことを考えながら、それでも明日、また僕たちはバイクに乗るんだなと。
早くも波乱に満ちた、このバイク旅の先行きを想いながら、
少し疲れの貯まった今日は、もう眠ることにした。



2013.10.22



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日本でもバイク乗ったこと無いのに!ベトナムバイク縦断1日目。

朝目が覚めると、どうやらゲストハウス全体が停電しているようだった。
今日からバイクで移動する身としては、直前まで情報収集に明け暮れたかったのに、
どうやらあまり情報を持たずに出発せざるを得ないようだ。


最後まで、ふにゃりとした笑顔と、
ひとによっては、お節介と受け取りかねない優しさを、
宿のお母さんからたくさん貰った。


ホーチミンからハノイへ。
その間にどんな街があるのか、僕はほとんど知らない。
行きたい街がある訳でもない。
それでもこの、「バイクでベトナム縦断」は、ずっとやりたいなと想っていた。

写真 2013-10-19 12 34 20

街から街へ。
自分の力で移動する。
僕が思い描く旅が、そんなイメージだからかもしれない。


旅に出て少し想っていたことがある。
国から国へ。街から街へ。
移動することが、こんなにも簡単に出来てしまうんだなって。


ツアーを探せば、宿からピックアップされてそのままバスへ。
降りたときには既に違う国にいることが出来る。


飛行機に乗れば、
外の景色の違いに黄昏れることなく、
僕はまた新しい国に降り立つことが出来る。


僕ら旅人にとって、旅の中の移動とはなんだろう。
目的地に辿り着くことだけが、移動の目的なんだろうか。


その間にある、数えきれない程見逃している景色を、
僕は少しだけ垣間見たいなと想った。
そこに何があるんだろうといつも想っていた。


だから、このバイクで縦断するという行為が、
僕はとても楽しみだったんだ。

写真 2013-10-21 15 21 42

朝11時。
トシ君と僕は、購入したバイクにそれぞれまたがって、
1,800km先にあるハノイと呼ばれる街を目指して出発した。


1時間ぐらい走っただろうか。
ホーチミンの喧噪を抜けると、いよいよらしくなってきたなと想えてくる。
大型トラック、大型旅客バスがまるでゴールに賞金でもあるかのように、
追い越し、追い越されのレースを展開している。


片側1車線の道で、である。
追い越すときには向こう側から来る対向車をまるで威嚇するかのように、
クラクションを響かせ、ハイビームで合図をする。


そう、退くのは対向車の方なのだ。
もっと言えば、どうにもぶつかりそうだと彼らが想ったときは、
抜かれる車はかなり路肩へと寄せ始める。
こうして、無かったはずの3車線目が出来上がっていく。


この永遠と繰り返されるトラッブのような仕掛けに。
周りのバイク達はタジタジになってしまう。
つまり、僕らもこのシステムの一部として連動しなければ、
あっという間に事故に巻き込まれてしまう。


ひととは不思議なものだなぁと想う。
どう考えたって危険なこの風景を視て、僕は感心してしまう。
一体、いつからこの文化が出来上がったんだろう。


まるでその場の呼吸がしっかりと呼応しているかのように、その場全体がひとつの目的に向かって動き出す感じが、なんだか風情がある。


昔の日本にあって、忘れ去られていったものが、垣間見えたような、そんな気がした。


と言っても、こちらもボケっと物思いに耽っていてはやられてしまう。


この辺りが、バイクで移動する中で難しいところだった。


周りの景色に想いを馳せたい。
通り過ぎてゆく人たちの表情を焼き付けたい。


そんな気持ちを持ちながらも、
突風を土産に残して過ぎ去る大型バス達の動きに注意を払うため、僕の思考はすっかりと停止して行った。


そして、初日の目的の街、ファンティエトに辿り着いた。辺りはすっかりと暗闇の世界に変わり、僕らは初日から、嫌だと言っていた夜間走行を強いられてしまう。


やっとの想いで宿を見つけると、早速街を散策しに出掛けた。


周りからの視線が痛い。
喰い入るように、不思議そうに、排他的に、そして柔らかで優しく包み込むように。
多種多様な見られ方で、僕らはその姿を認められていく。


この街に、外国人が来ることは珍しいのだろうなぁ。彼らの雰囲気でそれは明らかだ。


だからこそ、僕らは本来のベトナム人らしさを感じられたのかもしれない。


随分と賑わっていた食堂に入ると、陽気な兄さんがシステムを教えてくれる。

写真 2013-10-21 19 26 17

と言っても、英語はほとんど話せないので、ジェスチャー対ジェスチャーのキャッチボール。
それでいて、随分と陽気に笑っていたのが印象的だった。


僕らの宿の壁からは、隣のカラオケ店からこだまする、随分と音階を無視した雑音が聞こえてくる。
それも、ひとりじゃなくて、グループの皆さん揃って、お歌がお上手では無いようだ。


これは、ベトナム人らしさと呼んで良いのかもしれない。


初日から、随分と面白い世界が見れたんじゃないだろうか。
観光都市を繋いでいるだけじゃ味わえない、ひと味違ったおいしさがそこにはあった。



2013.10.21



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