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つじお

Author:つじお
旅に惹かれ始めた。
どんな旅になるのか、どんな結果が待っているのか。
まるで想像がつかない。

今までの人生の中で、まるで想像がつかないことを
僕はしたことが無い。
初めて『夢』という言葉と向き合うことになった。
僕は初めて、人生を生きることにしたのかもしれない。

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ハンピのこととか今の現状とか、ごちゃごちゃと。

正直あの、旅が終わったと言う記事を書いて以来、
僕の旅を綴る気持ちが少しどこかへ行ってしまったみたいだ。(言い訳)
特にトルコに辿り着いてからというもの、
記事を書いている時間もあまり無かった。
それは、今までとは明らかに桁が違う、物価の高さから来るものだった。


ちょっとここでのんびりしよう。
そう想わせてくれない宿代、食事代、観光諸経費。
この記事を書き始めたのは、そのトルコを抜ける日だったのだけれど、
少し緊張が解けた部分もあるのかもしれない。

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今、僕はブルガリアという街で、また沈没という状態に陥っている。
旅中、沈没する度に、やはり悩む。
生産性の無い毎日を過ごしているなという気持ちは、どこからともなくやってくる。
時間に恵まれれば恵まれただけ、自分を追い込みたくなると言うのは、実に滑稽だ。


そんな訳で、今時間はたっぷりとある。
その貴重かつ有意義な時間を使って、僕のお気に入りの街、ハンピについて書こう。


インド中南部の楽園とも言われるハンピ。
実に1週間もの期間を滞在したこの街は、
街自体を観光したければ、2日もあれば終わってしまう。
1週間で抜け出さないと、きっとこのままインド周遊は終わるだろうなという懸念から、
僕は無理矢理飛び出したのだった。
ハンピで仲良くなった仲間が皆、既に出発してしまったというのも大きかった。


ハンピの魅力は、その流れる時間の優しさと荘厳さにあると僕は想う。

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街の至るところで観ることの出来る、岩の塊が寄せ集められて出来た山々。
その山を登れば、遮るものの何もない果てしない景色が広がっている。
その風景は、そこが大自然の中であることをはっきりと教えてくれて、
それでいて、過去、ヒトという生き物によって築き上げられた人工物の残骸が、
ありとあらゆるところに残っている。
ただ、不思議とそれらは、自然が織りなす景色を汚すことなく存在している気がするのだ。

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明らかに、ひとの一生などでは測れない、悠久の時の線の上にぽつんと自分が立っていることを感じる。
想像など到底出来ない程の時間を掛けて築かれたその世界の壮大さを、僕はまず思い知る。
そこに、こちらも数えること自体が愚かだと想わせる、地球が誕生して以来繰り返される日の出の情景が現れる。
ゆったりとしていて、それでいて、この美しい時間があっという間に終わりに向かうことを知っている儚さもある。
そして、明日が来ればまたこの景色に出逢えることへの安心感もあった。

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ここ、ハンピでは、朝日も3度拝みに行き、夕陽も3度拝みに行った。
何度観に行っても飽きることが無かった。
太陽ほど、ロマンチストなヤツはいないかもしれない。
そんな景色を毎回魅せてくれる。

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同じ風景を観ているのに、考えることはいつも違っていて、
ちゃんと毎日生きてるんだなって。
そんな小さな違いだって、生きてる証拠なのかもしれないな、なんて想った。


ここでは、素敵な旅人の仲間達にも出逢った。
彼らと観たからこそ、朝日も夕陽もただの景色で終わらなかったのかもしれない。
出逢った誰もが深い見聞を持っていて、いつも会話が楽しかった。
それでいて、馬鹿みたいに冒険心が強かったり、
普段はほとんどふざけたことしか言わないようなヤツだったり、
僕が尊敬するようなタイプのひと達が揃っていた。


結局僕の脳裏に残っている美しい記憶というのは、
そこで出逢ったひとに左右されている。
アンコールワットは、恐らくこれまで観てきた遺跡の中では、最も優美だったはずだけれども、
それ以上にプレアビヒアやハンピ、ベトナムの何でもない街の風景に方が強烈に想い出として残っている。
だからこそ、僕は旅の意味が分かってきたような気がしているし、世界一周という名目は、
最早どうでも良いんじゃないかという気持ちが強くなってきている。


ハンピで、旅と旅行の違いについて皆に聞いてみたことがあった。
旅行者と旅人、その言葉の違いをどう感じるかということについても。


いつもふざけたことしか言わない男が、そのときこう話してくれた。
「僕は、旅と旅行は絶対的に違うと想う。
その上で、旅行者と呼ばれようが、旅人と呼ばれようが、僕はどちらでも構わない。
そこに固執する必要も無いし、別に他人にどう想われようとも特に何も想わない。
旅行者を蔑むこともないし、旅人が上だということも考えたことが無かった。」


旅人という言葉は、実に都合のいい、魔法のような言葉だと僕は想っている。
無職の世迷い人が、世間からの評価をある程度維持しながら、好きなことが出来る名前。
もっと言えば、ニートと呼ばれる方達と同質の存在なのに、何故か凄いことをしていると想ってもらえる奇異な存在。


凄いことをしているという部分は、確かに一理ある面もあるかもしれない。
一方で、僕ら程、謙虚に生きなければいけない存在もいないだろうと感じる側面も強い。
ひとの優しさをこれでもかという程受け取って、やっていることは自分のやりたいこと。
旅の中で、旅を終えて、その受け取ったものを自分のやり方で誰かに、どこかに還していくことこそが、
旅人と呼ばれる僕らに課せられた命題のような気がしている。


自分にそれがちゃんと出来るかな。
少し、傲慢になっていたかもしれない己の姿に気付き始めていたからこそ、
まだ社会に出ていなかった若き男の言葉は僕の胸に深く突き刺さった。


インドでは、本当に数多くの日本人の旅人に出逢ってきた。
そして彼らはやっぱりインドに来るぐらいの変人で。
特徴を挙げろと言われたら、実に容易く挙げられる程の個性派が多い。
彼らの言葉や行動に、僕は数多くのことを学んだ気がする。


日本人で群れていてどうするんだという考え方もあるかもしれない。
もちろんそれも一理あると想う。
その上で、僕が、かけがえのない日本の仲間に出逢えたということも真実だったりする。
日本にいたら、十中八九逢うことの無かった、話すことの無かったであろうひと達。
彼らの本質的な会話を聞くことが出来るのも、また旅の一興かなって想う。

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Topic:世界一周
Genre:Tour

この旅史上、最高(値)の料理を喰らう。

列車を降りて、僕はバススタンドへと向かった。
早朝にベンガルールに降り立った僕には、そのままハンピに向かうという選択肢もあった。
でも、昨夜巡礼者達が床にまで眠り出し、寝床のない人間は僕のベッドに腰を下ろしてくつろぎだす。
とてもじゃないけれど、警戒を解いて眠るというのは難しかった。
そんな訳で、クタクタだった僕は、ベンガロールに宿を取ろうと決めた。


宿のある地域は、駅とバススタンドから少し離れている。
今のうちに、直行する公共バスがあるのかどうか、
あるいはプライベートバスの予約がここで取れるかどうかを把握して起きたかった。


直ぐに、ハンピの窓口となる街の、ホスペットまでの直通公共バスが見つかる。
移動距離を考えると、プライベートバスの夜行で行く方が妥当だったけれど、
いずれにしてもここからハンピに辿り着けることが分かっただけで十分だった。


リキシャに乗り、宿へと向かった。
MG(マハトマガンディー)ロードと呼ばれる通りに向かってくれと言い、
MGロード付近でハードロックカフェの場所を知ってるかと言うと知らないと言う。
こらこらと想いながら、歩き方の地図を眺め、あの辺で止めてくれと言うと、
逆方向に曲がり出した。


あの道は通れないので、こっちから行くぞと。
ちゃんと皆、通ってたけどな。
いつも通りの展開だったので、もう動揺もすることなく彼の好きな様にやらせていた。
すると、今度は目的地付近の真逆に曲がり出した。


流石に道が違うだろうと想ったので、
逆じゃないかな、俺も良く知らないけど。的な会話をして、
ようやく宿へと到着する。


この宿、値段は一泊1000ルピーと高かったが、
ロビーの真上の僕の部屋は、偶然にも室内でWi-Fiが拾え、ホットシャワーも完備されていた。
部屋でWi-Fiを使ったのなんて、実にコルカタ振りだった。
こうして、居心地の良さから、まず2泊と想い、結果的に4泊することになる。


その4日間のベンガルールでの滞在で記憶に残ることと言えば、
日本食を食したことぐらいだった。


まず、播磨と呼ばれる日本食屋へランチを食べに出掛けた。
ランチ500ルピーに、昼からビールで合計700ルピー。
現在までのインド旅で、最も高い食事をここでぶちかます。

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生姜焼きと唐揚げをセットにした夢のような定食が出てきた。
インド料理ももちろん美味しいのだけれど、テイストは非常に似偏っていて、
こうしてまるで違う味わいの日本食を食べたときの幸せったらない。


そして、その翌日の夕食は、事前調査で明らかに敷居の高さを感じて、
入り口まで行きながら、入るのを断念した「祭」という日本食料理屋へ。


格安の牛丼(確かそれでも400ルピー、約680円)を頼むも、品切れだと言われ、
半ばヤケクソ気味に天丼へと格上げをする。
そして、刺身三点盛りという、久しぶりに聞く名前の食事をオーダー。
実に久しぶりにマグロの刺身にご対面することになる。
ビールは、これも久しく聞かなくなったアサヒスーパードライ。

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やっちまった感満載にぶちかましてやったこの食事の代金が、
何かの間違えじゃないかと想える1,630ルピー(約2,750円)。
料理も高かったけれど、やはり恐れていたサービス料の上乗せぶりがパない。


確かに味は美味しかった。
しかし、後味として変な違和感が残ったのも確かだった。
インドの物価を勘案すれと、恐らく少なくとも日本の物価の3分の一ぐらいに値するのだろう。
そう想うと、今日ここで、日本であれば最低でも8千円ぐらいの食事をしたことになるのだけれど、
だとすればあのサービスは酷いものだなと想ってしまう。
特に日本人の店員とマネージャーらしき女性に対して、そんな印象を受けた。


もちろん、そんなことは直ぐに忘れてしまい、というか最早どうでも良くなり、
これほどの高額の食事をしたことへの満足感、セレブ感をしばし味わっていた。
やっちまったぞーという馬鹿らしさが楽しくて、帰り道を陽気に歩いていた。


お金を抱えたインド旅行というのは、確かにまたインドの違う面が垣間見えて面白いかもしれない。
或いは、お金が十分では無いからこそ、こうして贅沢の本質を感じられるのかもしれない。


日本の友人で、3人の子供を持つ同級生の彼が、こう言っていた。
我が家は昔から月に一回の外食の日をとても楽しみにしていた。
だから、子供達にも、それを味わわせてあげたいんだ。
そうして、毎月一度のちょっとした贅沢を味わう文化を、継承していた。

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その他には、インド初の水族館に行って期待通りのがっかり感に笑ってみたり、
随分と若者達が集まる街を散策したりもしていた。
ここベンガルールは、近代化の、そして西洋化の流れがはっきりと観られる。
街中に、世界的な高級服飾店が立ち並び、街を行く女性達も、洋服に身を包んでいる。
インドらしくないと、早々に立ち去る旅人が多いのは、そんなところが理由なんだろう。

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それでも僕には、それもまたインドの現状なんだろうなと興味深かった。
この文化が、高度経済成長の波に直面したときに、一体どういう舵を取るのだろう。


僕はそれを見てみたいなと純粋に想った。
彼らの生きる智慧は、どんな反応をするのだろう。

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少しだけゆっくり休めた気がしたベンガルール5日目の朝。
僕は宿にチェックアウトを告げて、ハンピへと向かうことにした。
そこを旅した旅人の誰もが、その素晴らしさを絶賛する街。
僕のインド周遊の中でも、非常に興味深い街に、僕は向かった。



2014.01.20



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Topic:世界一周
Genre:Tour

ベンガルールへの列車の中で、旅が終わった。

トリヴァンドラムを出た列車は、
一路バンガロール・シティ駅までの道のりをゆっくりと進んでいた。
僕は、自分の指定された席に座っていたインド人にひと声掛けて、
そこ俺の席だから退いてねと自分のスペースを確保した。


途中、とある小さな駅で、巡礼帰り丸出しの信者達が大量に乗り込んできた。
そして、彼らは僕の向かいに座っていた老人夫婦に向かって罵声を浴びせている。


最初は何が起こっているのか理解出来なかった。
それまで、老夫婦は目が合えばはにかんでくれて、
途中から乗ってきた若者の子連れ夫婦の子供と遊んだり、
僕の座席の周りは素敵な空気で包まれていたが、
彼らによって、それはあっさりと壊されたのだった。


彼らの主張は、ここは我々の予約した席だと言うことだった。
そしておじいさん達は、どうやらこの夜をこの列車で越さない様だ。
もうしばらくしたら席を空けるから、それまではどこか空いているところに座っていてくれ。
そんなことを言っている様だった。


僕が座っていたのは、スリーパーシート。
夜には、その座席を寝台座席へと形態を変化させて、三段ベッドとして活用する席だ。
指定席の無いセカンドクラスのシート、所謂一般車両は、恐ろしい程に混み合う。
それを毛嫌いして、昼間の間であれば、通常の座席として機能する寝台車両に、
指定席のチケット無しに乗り込む人が多いようだった。


老夫婦も若年夫婦もどうやらそのスタンスでここに座っていたようだ。
そんな訳で圧倒的に信者達の言い分が正しいのだけれど、
僕はどうしても彼らが好きになれなかった。


正しいことをしているときに、
自分が正しいと確信したときに、
随分と上から言葉を発するひと達がいる。
追い詰めるように言葉を止めないひと達がいる。


僕には、それが正しいことだとは想えない。
だからといって、言い分自体は彼らは間違っていない。
でもその態度はまるでどこかの権力者や知識人のそれだった。
大人が子供を諭すときのそれだった。


こうして、僕を除いて大規模な席替えが行われることになった。
ずらりと並んだ信者達の態度は、随分と横柄で腹が立った。
僕の股間の間に出来たシートの隙間に片足を乗せてくる者、
外に唾を吐くために僕に大きく覆い被さるようにしてくる者、
そこら中を暴れ回る者。
平穏は、あっという間に終わってしまった。


僕は、出来るだけ彼らと関わらないように、
iPodを取り出して音楽を聴き始めた。


しばらくすると、彼らは、僕のことも疑いだし、チケットを見せろと言っている。
応える必要も無かったけれど、面倒も避けたかった僕は、彼らにチケットを見せる。
お前はここで良い。そんなことを言っていたと想う。


音楽を聴きながら、僕は何故怒っているのだろうかと考えていた。
彼らのどんな姿が僕の感情を揺さぶっているのだろうか。
もっと言えば、彼らの中に何を見て、僕は動揺しているのだろうか。


答えは簡単だった。
僕が居心地の良かった空間を、彼らが奪った。
だから僕の感情は大きく触れたのだった。
彼らが間違っていた訳ではなくて、これは自分の我が儘の問題だった。


それを理解した後は、少しずつ彼らを視る僕の意識も変わっていく。
彼らにも随分と多くの他人への想いやりが観られれば、
子供のような無邪気さもむき出しだった。


そして僕は、今日で7ヶ月が終わる僕の旅路を振り返っていた。
フィリピン留学を含めて、当初の計画では1年と2ヶ月。
つまり14ヶ月の計算だった。
今日でその当初の計画の半分が過ぎることになる。


この旅で、僕は何を得たのだろうか。
そんなことをずっと考えていた。
列車の窓から、もうすっかり暗闇だけが映る景色を眺めていた。
空を覆い被さる様に包む雲の切れ間から、満月の様な月が見える。
とても大きな月だった。
そして、とても輝いている月だった。

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なんだろうか。
確かにこれまでに多くのひととの繋がりが生まれた。
旅という偶然で出来たような一本道に、数多くの人が待っていてくれた。
まるでそれまでは無かった海外のひと達との友人関係が始まった。

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旅に出てから、少しずつ旅人らしさ、
言い換えると一歩を踏み出す姿勢が身に付いた。
恐れや不安を乗り越えて、一歩一歩踏み出していく。
そして、それは次第に容易くなっていた。


そんなことだろうか。
何か大きな気付きとか、そんなものは無かったのかなって。
月を見上げて、耳から聴こえる心地良い音律を感じながら。
想っていた。


ふと。
「旅に出てさ、十分に幸せだったってことに、気付いたじゃないか。」
僕の言葉だったのか、誰かが僕の頭に伝えた言葉だったのか。
その僕を説くようなフレーズが、突然頭の中を駆け巡った。


どこから届いたのかも分からない、
その言葉を僕は頭の中で繰り返した。


「旅に出てさ、十分に幸せだったってことに、気付いたじゃないか。」


あぁ。
あぁぁっ。


次第に、僕の顔は崩れていく。
目の前にいる信者達に気付かれたくなくて、
僕は顔を伏せながら、声を殺しながら泣いていた。


「旅に出てさ、十分に幸せだったってことに、気付いたじゃないか。」



変わりたくて、旅に出た。
変わらなきゃいけないって、ずっと想ってた。
だから、自分を変えたくて、全てを断ち切って旅に賭けた。


そして、だからこそ、僕に届いた言葉だった。
日本にいたときも、同じような言葉を何度も何度も使っている。
幸せなら、日本にいたときからちゃんと感じていた...そう想っていた。


7ヶ月間という月日を、
旅をしながら全て自分の為に費やした。
自分を変えたい、新しい自分として、生まれ変わりたい。
ただそれだけを目指して、旅を続けてきた。
そして、その7ヶ月という月日が、僕にこの言葉を届けた。


皮肉に聴こえるかもしれない。
でも、僕にはそうじゃないことはちゃんと分かっていて。
旅をしなければ決して分からないことだった、絶対に、永遠に。
それに気付くために旅をしてきた訳では、もちろんない。
そして、この言葉を自分が真に理解したと想ったこのときに。


僕の旅は終わった気がしたんだ。


そう、僕の中でひとつの旅が終わった。
もう日本に帰ってもいいかなとさえ想った。


ただ、この自分でもう少し世界を観てみたい気もした。
ここからはもうまるで別の旅なんだと想う。
これまでと比べると、随分と気持ちの軽い、そんな旅。
深い思考の谷へ落ちていけばこそ、這い上がる際に生まれてくるもの。
そんなものが、僕の中に沸き溢れてきている気がした。


翌朝、僕はバンガロール・シティ駅に到着して、
そこから4日間という日時を、ベンガルールで過ごすことになる。



2014.01.15



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Topic:世界一周
Genre:Tour

トリヴァンドラムで太鼓を叩いておけば良かった。

ほんの少しだけれども、体調が低迷しているのが分かる。
少し南を駆け足で周っていたことが、脆弱な僕の身体には堪えたのだろう。


そして、何よりここトリヴァンドラムの宿は、
カニャークマリに引き続き快適そのものだった。
ホットシャワーも出れば、Wi-Fiまでロビーで使えるという贅沢さ。
ここでしばらく休養を取ろうと考え出したのは、沈没型男子の僕らしさだろう。


トリヴァンドラムに来たのは、単なる移動の中継地点として優れていたからだ。
ここからは、電車でバンガロールへと向かえる。
早速そのチケットを購入しに駅へと向かった。

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チケットカウンターは、東京証券取引所のような賑わいだった。
もちろん、行ったことなど無いので、単なるイメージだけれども。
そして残念なことに、外国人専用カウンターが無い。
実はインドでの電車チケット予約自体が、僕には初の試みとなる。
エンクワイアリー窓口で目的の列車番号を確認するが、この用紙を記入して、
別の窓口で予約をしてくれと言われる。
この用紙を埋めて、埋まってなかったら並び直しか。
止めよう。


こうして、僕はチケットカウンターを後にして、
また後日万全の体勢でここに再訪しようと決めた。
全くもって、面倒臭がり屋の習性は、相変わらず変わっていない。


特にすることも無くなってしまったので、
宿に戻り、Wi-Fiに繋いでネットサーフィンを楽しんでいた。
この宿にWi-Fiが無ければ、僕は観光に赴いていたかもしれない。
地球の歩き方をくまなく読み込んで、
ここから近い素敵なビーチだと言われるコバーラムビーチに行き先を変えていたかもしれない。
ネットが繋がることで、確かに失われている今もあるなと想う。


旅の途中にふと、iPodもMacBookAirも全て手放そうかと想うことがある。
僕は旅に出ても何故、外部との交信を止めることが出来ないのだろうと想うことがある。


でも大切なのは、そういうことじゃないんだよね。
何かを手放さなければ新しい何かは入ってこないと人は言う。
僕は本当にそうだろうかと想ってしまう。
そして、本当に新しい何かは自分に必要なんだろうかとも最近は想う。


欲望の塊の様な僕は、
確かに大切だった何かに飽き、新しいものを求めた。
向上心というキリのない欲望に向かって進もうとした。
そして、現代の日本は、それがさも正しいものであるかのようだ。
そのままでいいのかと問いかける成功者と呼ばれるひと達の口調はまるで統一されている。
結局僕たちは、そこにも疑問を持つべきなんだろう。


ノマドと呼ばれるひと、旅が仕事だと言うひと、
毎日充実していて忙しいというひと、本当の幸せについて問うひと達。
彼らに共通しているのは、その暮らしぶりを毎日のように外部発信していること。


旅人もそう。
ブログを書いたり、Facebookにアップしたり、Twitterで叫んでみたり。


まるで何かの寂しさを補おうとしているかのようだ。
そして僕は本気で、彼ら(僕ら)は寂しいんじゃないかと想う。
良き理解者を増やして、同じ様なスタイルの人間を増やさなければ、
とても寂しいんじゃないかなって想うんだ。


少なくとも、僕らが幸せであるならば、それを他人に促すことはしないはずだ。
幸せの形は人の数だけあるんだって知っていれば、
今その瞬間の幸せを見つけることを勧めるんじゃないだろうか。
幸せは見つけに行くものだけど、そんなに遠くにあるものじゃない。

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翌日の朝10時に、僕はチケットカウンターに立っていた。
再戦を望む僕の顔は妙にキリッとしていて、覚悟が滲み出ている。
改めて、エンクワイアリーに向かうと、昨日とはうって変わって謎のひと言を言われる。
「そんな列車は無い。」


んなこたぁないんだよ、とタモリさんで無くても否定する。
昨日はあるって言ってたからもう一度調べてくれと依頼し、無いと言われると、
じゃあ日にちをずらしていいから最短でいつならあるんだと引き下がる。


するとカチャカチャとパソコンを打ち鳴らす音がする。
どうやら無いと言われた昨日確かにあった列車を見つけたようだった。
列車番号を確認して、用紙を記入する。
指定された8番の窓口に並び、周りのインド人の用紙をチラ見しながら、
僕の用紙の白紙部分を埋めていく。
僕の番が回ってくるまでには、完璧な提出用紙が出来上がっていた。


そして、その用紙をすっと差し出す。
おじちゃんはそれを一読して、何かを書き込んだ。
"Not Found"
そんな列車は無い。今日二度目の言葉が用紙を通して僕に入ってきた。
いやいや、エンクワイアリーに聞いてきたんだ、あるはずだと言うと、
エンクワイアリーに再度尋ねにいけと言われる。


くそ、また並ぶんかい!
仕方なくエンクワイアリーに並び、列車が無いって言われちゃったんだけどと、
少し寂しげに、悲しげに、俺はあなたを信じてるけどね感を出しながら伝える。
すると彼は、上司に確認を取りに行き、別の窓口へ並ぶように指示した。
僕の中で、これは取れたなという確信めいたものがあった。


また別の窓口に並んで、先程の用紙を提出する。
スムーズだ。実にスムーズだ。
金額を言われてそれを払うと、確かに見慣れたチケットが放り投げられた。


ようやくチケットが取れた。
これでこの街にも、名残惜しいけれど用は無い。
少し近くの寺院を観光してから、宿へと戻った。

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明日は、寝台列車でバンガロールへと向かう。



2014.01.14



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Topic:世界一周
Genre:Tour

インド亜大陸最南端の街、カニャークマリ。

マドゥライからカニャークマリを目指すバスは、
これまでのそれを遥かに越える速度と荒さで、縦横無尽に道を進んでいた。
途中途中に現れる速度を低下させるために設けられた凹凸も、気にせずに突っ込む。
おかげで僕の身体はふわりと浮かび、その落下の衝撃は凄まじいものだった。

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途中からは、前輪が凹凸を越えた瞬間に、席を立ち、衝撃に備えるスタイルを取った。
最後尾に座っていた僕には、それが最前の対策であり、それ以外に方法が想いつかなかった。
気付くと、隣のインド人も真似し始めた。
なんという不思議な光景だろうか。

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道中、バスの出口のドア付近から、小便をし始めたおじさんも現れる。
バスは予定の休憩場所とバススタンドでしか長時間の停車をしない。
そしてその感覚は随分と長く、我慢出来なくなった彼の唯一の対策がこれだったようだ。
よくこの荒れた運転で走るバスに揺られながら、用を足せるもんだと感心していた。
インドに来てから、思考が少しずつおかしくなってきている。
違和感だらけの世界にいると、最早何に違和感を感じて良いのか分からなくなるのだ。

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予定の6時間という時間を1時間程残した状態で、
バスはカニャークマリへと到着した。馬鹿みたいな早さである。
おかげで夕陽を拝めそうだ。
早速目星を付けていたホテルへと向かった。
ここでは多少高くても泊まることに決めていた。


驚きのクオリティだった。
この旅最高の宿じゃないだろうか。
残念ながらWi-Fiは使えないが、もうそんなことはすっかり慣れていて、
最近では、Wi-Fiが無いからこその充実感を感じるようになっていた。


今の僕にとって、Wi-Fiよりもホットシャワーの存在が胸を打つ。
実に1ヶ月ぶりのホットシャワーだ。


熱々のシャワーが、水量など気にするなとばかりに溢れ出る。
日本なら、どこにでもある景色。どこでも味わえるもの。
それなのに、そのありがたさを今では痛い程感じる。
生きていて良かったとさえ想う。
幸せは、すぐそこにあるというのは、こういうことかもしれない。


シャワーを浴びると、宿を出てサンセットポイントへと向かった。
南インドがシーズンに入っているというのが、目の前の景色を観ていて良く分かる。
ここにも収まりきらない程のインド人が街を歩いていた。

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途中、学生団体によるデモ行進のようなものも見かけた。
先頭に掲げられた旗を視ると、道路の安全性向上を呼びかける運動のようだ。
確かにインドの道路の混乱加減は、歩行者にとって厄介以外の何物でもない。
こうした運動が、若いひと達を中心に行われているのだとしたら、
インドがもっと素敵な国になるのも、夢ではないのかもしれないなと想う。

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道中、ジープのような車で訪れているヒンドゥー教信者達が溢れていた。
巡礼者で賑わうマーケットは、僕からしたらガラクタのようなものばかりが置かれていたけれど、
それを熱心に見つめては購入するか迷っている彼らの姿を見ていると、
僕は随分と失礼な目線でこの光景を見ているなと想った。


サンセットポイントに到着すると、
しばらく海岸沿いに突き出ている岩場に腰を降ろした。
日の入りまでは、恐らくあと1時間以上ありそうだ。
それまで、寄せては還す波の動きを眺めながら、iPodに入っている音楽を再生する。


幾百年も幾千年も変わらない風景の中に、僕は確かに紛れ込んでいた。
ここがインドで、僕がここにいる。
それがとても不思議だった。
そんな未来は、一度も想像したことが無かった。
こんな現在が訪れると、誰か知っていたのだろうか。
そして、知っていたのだとしたら、何故僕をここに連れてきたのだろう。

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インドのひと達は、相変わらず波打ち際でずぶ濡れになって遊んでいる。
あれは沐浴とは言わないんだろうなと、微笑ましく観ていた。
ゆっくりと陽が下がってきた。
ふと後ろを振り返ると、ちらほらしかいなかった巡礼者のひと達が溢れていた。
これほどたくさんのひと達と、同じ夕陽を見つめているんだと想った。

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音楽を止める。
辺りはいつの間にか静かになっていて、
皆その美しい夕陽が沈んでいく風景に夢中になっていた。
そこに何を見出だしているんだろう。
そんなことを考えているのは、僕だけなんだろうか。
繰り返す波の音が、そんな思考をぐるぐると循環させていた。

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翌朝、僕は朝6時に宿を出る。
朝日が昇る瞬間も、この街はまた海から眺めることの出来る街だった。
外はまだ暗がりだというのに、サンダルが砂を踏む音が木霊する。
どれだけの巡礼者がこの朝陽を拝むために今この道を歩いているのだろう。


サンライズポイントに向かうひと達の数は、
まるで日本の花火大会の会場に向かって歩くひとの群れのように、
隙間なく、同じ方向に向かっていた。

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暗闇の中、ガートの下で静かに朝陽を待つ。
既に波打ち際には大勢のインド人が修行のように海からの水を浴びていた。
少し向こうには小さな島があり、そこのホテルのライトだけが輝いていた。
そのライトも、朝陽が昇る時間になると消灯する。

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朝陽は、恐らくいつものようにゆっくりと昇っていく。
少しずつ明るくなる景色を観て僕は驚いた。
歩く場所もないぐらいに、巡礼者がそこに座っていた。
何を考えているのかは分からないけれど、皆同じ方向を向いていた。

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僕には、朝陽よりもその光景が綺麗に視えた。
きっと綺麗な写真なんて撮れないだろう古ぼけた携帯で、
彼らはその瞬間を切り取ろうとしていた。


写真はただのスイッチでいい。
その心の奥に焼き付いた景色を想い出すための、きっかけでいいような気がした。
僕がこの景色を忘れないだろうなと想うのは、そこに埋め尽くされた巡礼者達の姿に、
心を打たれて深く刻まれたことを確信したからだった。

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宿に戻り、眠りにつこうと想った。
でも、興奮からか眠れない。
熱く気持ちの良過ぎるほどのシャワーを全身に浴びて、
僕は宿のBSテレビで、インドの映画を眺めていた。


この映像に夢中になれるインド人は、
やっぱり心が澄み切っている様な気がする。


派手なパフォーマンス、男女の淡いすれ違い、きりがない程のピンチを何度も乗り越える姿、
突然始まる華麗なダンスシーン。
主人公は最後に自分の背中に炎の羽を観に纏い、ギャングを倒す。
リアリティのかけらもないこの映画が、彼らにそれでも夢を与えているんだろうなと。


そして宿を出て歩いていると、街は喧噪に満ちていて、
そこら中で喧嘩のような口論が繰り広げられていた。

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やっぱり南を目指して良かったなと想った。
僕にとって彼らの日常を垣間みることが、インドでしたかったことなのかもしれない。


さぁ、北に向かおう。



2014.01.12



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Topic:世界一周
Genre:Tour